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{こんな違法改造もあり} 「よっしゃー!出来たー!!」 俺は椅子から立ち上がり試作品の完成に喜ぶ。 試作品を右手に持ち左手首につけてる腕時計を見た。 現在の時間は午前、三時。 あまりにも実験に集中しすぎて時間の事をすっかり忘れてしまった。 「ゲッ!大学のレポート、書く時間あるかな!?」 慌てて試作品を机に置き、学校に持っていく鞄を開きレポート用紙を取り出す。 ヤバイ。 何も手をつけてない状態。 これは今すぐ大学に行き学校の中でレポート書いた方がよさそうだ。 アンジェラス達に書置き残して行くかぁ。 俺はすぐさま書置きを書いて鞄を持って愛車に乗り大学に向かった。 アンジェラスの視点 「…う、ふぁ~あ、朝…ですか」 私は上半身だけお越し目を擦りながら起きる。 すぐにご主人様が寝ているベットの方に視線を送る。 ご主人様の寝顔は可愛いので何時も私が起きたら必ず先にご主人様を見る事にしています。 ですが、今日のご主人様はベットにいませんでした。 私は一階にいるのかな、と思い立ち上がり机から降りようとした。 けど、机の端っこになにやら書き置きらしい紙を見つけたので私は机を降りる前に手紙を読む事にした。 手紙の所まで行き四つんばいになって読む。 殴り書きで、汚い字で書かれていた。 『レポートの書き忘れで、すぐに学校に行きレポートをあっちで終わらせる事にした。朝飯はなにかあるもんを喰ってくれ。追伸、机にある試作品には手を出すなよ。火気厳禁!』、と書かれていた。 すべて読み終わった私はフムフムと頷いた。 ご主人様はまた夜遅くまで起きてて、実験に没頭していたに違いない。 何か一つの事に集中する事はいいのですけれど、そればっかり集中してしまって他のが疎かになってしまうのが、ご主人様の悪い所です。 「にしても、ご主人様が作った試作品っていったい何なんでしょうか?」 この手紙には試作品について詳しく書かれていなかったため、どんな物で何処に置かれているのか、さっぱり分からないのだ。 火気厳禁と言われましても品物が分からなくては台所とかが使いません。 いえ、台所に試作品があるとは限りませんし…。 ここは早急に見つけなくては。 私は手紙を引きずりながらクリナーレ達の所に行き、起こした。 「うぅ~…もう、ちょっと寝かしてよ~」 「あら。おはよう、お姉さま。」 「おはようございます。アンジェラスさん」 三人が起き、私はさっきまで読んでいた置手紙を皆に見せた。 クリナーレ、パルカは目を擦りながらも手紙を読んだ。 ルーナは、朝はそれなりに強い方なのか眠そうな顔をしていない。 「アニキの奴、また何か作ったの?」 「いったい何かしら?」 「お兄ちゃんの事だから、違法改造系だと思いますね」 やっぱり、皆もご主人様が作った試作品を知らなかったみたいです。 困りました。 こうなったらそれらしき物を探さないといけないね。 「手分けして探しましょ。クリナーレは二階の空き部屋とベランダをお願い」 「うん、行ってくるよ」 「ルーナは地下の研究室をお願いね」 「朝から、あんなほこりっぽい所には行きたくないけど、しかたないわね」 「パルカは一階をお願い。特に台所は厳重に注意してね」 「はい。分かりましたー」 それぞれ皆は私に言われた場所に移動する。 私はまずこの部屋の隅々まで調べたら総合的に地下一階、一階、二階を大まかに見るつもり。 …見るつもりでしたが、少し用事が出来ましたね。 その用事とは今、不自然に机に置かれている一本の煙草の事。 しかも、立っている状態です。 あまりにも不自然です。 普通、煙草でしたら箱に入っているもの。 それが一本だけ。 ご主人様は面倒くさりやだけど、整理整頓はちゃんとやる方。 それに煙草ハンター(ご主人様からもらったあだ名。正直、嬉しくありません)の私が見つけたら煙草を処分をすると、知ってて置いたのでしょうか? でも今回のご主人様なら、ありえるかもしれません。 あの置手紙の殴り書きからして相当慌てていたに違いない。 それじゃあ仕方ないんですよね。 さて、私はととっとこの煙草を処分して試作品を探さないと。 私は煙草を掴み灰皿に入れ、ご主人様が隠している机の引き出しからジッポを取り、煙草に火を点けよとした。 しかし、火はなかなか煙草に点かない。 「うん?おかしいですね」 仕方なく再び机の引き出しあさりジッポに入れるオイル缶を見つけて、オイルを煙草にかける。 「これならすぐに燃えるでしょう」 私はまたジッポに火を点けた。 そしてジッポオイルがベトベトについた煙草に火を点けようとした。 …。 ……。 ………。 龍悪の視点 「ふぅ~なんとか間に合ったぜ」 額の冷や汗を右手の裾で拭い喫煙所の椅子に座った。 胸ポケットから煙草と百円ライターを取り出す。 本来ならジッポライターなのだが、今日は慌てて出て行ったからジッポを家に忘れたのだ。 おかげでコンビニに行ってライターを買うはめになった。 まぁ煙草が吸えないよりまだマシか。 煙草を銜え百円ライターの火を点ける。 煙草に火を点けようと百円ライターを煙草に近づけよとした、その瞬間。 ♪ー♪♪♪ー♭♪♭♪ー♪♭♪ー♪♪ー 携帯電話の着メロが流れた。 なんだ、こんな時に? おかげで俺は煙草を吸う事が出来なくなり百円ライターの火を消し椅子に置き、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。 ディスプレイには『十六夜婪』と表示されていた。 あの野郎、いったい何の用事だ。 受話器ボタンを押して右耳に電話を押し付ける。 「もしもし?」 「あっ先輩!大変です!!すぐにあたし達のマイホームに来てください!!!」 婪の声は物凄い慌てたたような声が耳に入る。 婪にしては珍しい。 いったいどうしたのだろう? でも一つ気になるのが…マイホーム? 「マイホームって…確かに俺の家だが、お前の家じゃないだろう」 「だって、いずれあたし達が結婚するんだから、あたしの家でもあるじゃないですかー♪」 「ルンルン気分な声出すんじゃねぇー!さっきの慌ててた声はどうした?いったい何が起きたんだ?」 「そ、そうでした!先輩の家に早く来てください!!」 「俺の家がどうかしたのか?」 「いいから早く来てくださいね!あたしは家の門前で待ってますから!!」 「おい婪!理由を教えろ!!…て、切れてやがる。畜生、訳解んねぇーよ!!!」 俺はすぐに愛車を止めてる駐車場に行き、車のエンジンをかけスピード違反ギリギリの速度で自分の家に向かった。 …。 ……。 ………。 家の近くまで行くと婪が両手上げて騒いでいた。 路駐して車から勢い良く飛び出し婪の所まで走る。 「婪いったい何が、ウオォ!?」 婪はいきなり俺に抱きつき、背中には婪の両腕がガッシリとまわせられまるで恋人同士が抱き合う状態になってしまった。 正直、ヤめてほしい。 「先輩ー!あたし達のマイホームが!!」 「だぁー気色悪い!離れろー!!」 「やん!先輩、なにあたしの胸を鷲掴みしてるんですか!!でも先輩ならどんな事されてもオッケーです♪」 「テメェのペッタンコの胸なんか興味ねぇーよ!つか、男だろうが!!」 「愛があれば性別なんか関係ないわ!」 「フザケンナ!っで、俺の家がどうかしたのか?それと、いい加減離れろ」 「残念ですもっと先輩の温もりを感じたかったのに」 「…ホント早く用件を言わないと、その顔を二倍の面積にしってやるぞ」 両手を拳にして、婪を睨みつける。 すると、流石の婪も俺の身体から離れ俺の家を人差し指で示す。 「あそこを見てください」 「う~ん…ギャアアアアァァァァ!!!!俺の家が半壊してるーーーー!!!! (;° ロ°) ナンジャコリャ」 両手で頭を押さえ絶叫する俺。 それもそのはずだ。 なんせ俺の家が…壊れてるのだから。 特に酷いのは俺の部屋の場所だ。 だって外から見ると屋根がフットンでってボロボロの部屋が見えるんだもん。 何でこんな事になっちゃったのだろう…。 ちょっと頭の中で整理してみよう。 まず、俺は試作品を作り終わって、レポートの書くために学校に行ったんだったけ? 俺の行動にはこんな事になる要素はないなぁ。 じゃあ泥棒か? いやいや、それもありえない。 戸締りはしっかりしたはずだ。 泥棒はありえない。 それじゃあいったい誰が…。 と、そこで不意にアンジェラスの顔が浮かんだ。 アンジェラスかぁ~。 もしあの試作品を見たらとる行動少し考えてみよう。 起きる→置手紙を見る→注意するように書いてあるから神経が高ぶる→試作品を見る→アンジェラスは煙草ハンター→試作品を処分する→爆発。 「………」 あぁ~なんかヤバイ事になってきたぞ。 兎に角、家に行ってみるしかない! 婪を振り切り玄関から入る。 一階は全然大丈夫みたいだな。 問題は二階の俺の部屋だ。 ダダダダッと、階段を上りきり俺の部屋に行く。 予想通りに俺の青空教室も真っ青な感じのオープン状態だった。 「アニキー!」 「ダーリンー!」 「お兄ちゃんー!」 「クリナーレ、ルーナ、パルカ!お前等は大丈夫だったみたいだな」 いつの間にか足元に居たクリナーレ達を左手の手の平に乗せ目線と同じ高さにした。 クリナーレ達の身体を見た。 傷とかは何もなかったので少しホッとした。 だけどアンジェラスだけが居ない。 心が焦る。 とても不安は募り心臓が鼓動が高くなる。 心配。 アンジェラスの事がとても心配だ。 「アンジェラスー!おーい!!返事してくれー!!!」 「はぁーい!」 頭上から声が聞こえた、その声の主が俺の目の前に飛んで来た。 アンジェラスだった。 背中には違法改造されたリアウイングAAU7を装着と、それとエクステンドブースターがさらに二つ装着していた。 「ご主人様、スミマセン。ご主人様の部屋を破壊してしまいました。まさか、あの煙草が爆発すると思わなくて…」 物凄く悲しそう顔をするアンジェラス。 目に涙をため上目遣いがなんとも萌えをそそる。 俺はアンジェラスを右手の手の平に乗せるとほお擦りした。 「ご、ご主人様!?」 「よかった。本当によかった。アンジェラスが生きていて」 「…ご主人様ー」 アンジェラスも両手広げて俺の顔に付く。 よかった…皆が生きていて…アンジェラスが生きていて…。 …。 ……。 ………。 この事件の真相はこうだ。 アンジェラスは試作品を煙草だと勘違いし火を点火してしまった。 ほんでもって…ボカーン! という訳。 まぁそれはしょうがない。 だってその試作品の形状は煙草そっくりなのだから。 今度オヤッさんに渡す武装神姫用の手榴弾型武器だったのだ。 アンジェラスが煙草ハンターだった事を忘れてたぜ。 兎に角、こいつらが助かってよかった。 一旦、一階に行き皆で休息にはいり、俺は念のためアンジェラスが何処か壊れてないか見るために、今はアンジェラスの身体をいじってる。 クリナーレ達は爆発した場所から遠くに居たから大丈夫なのに『私達も見て~』みたいな事を言う。 大丈夫だって言ってるのに結構しつこかったから後で『見てあげるから』と言い待ってもらう事にした。 アンジェラスの身体を俺が解る領域で調べ異常があるから見る。 …どうやら異常はないみたいだ。 ホント、良かったぜ。 「アンジェラス、大丈夫だぜ」 「ありがとうございます、ご主人様」 「アンジェラスが終わったらのなら私達を見てよ~」 「はいはい。クリナーレにルーナにパルカ来な、見てやるよ」 俺の目の前に寝そべり無防備になる。 あ~、もしクリナーレ達が人間なら襲っちゃっているよ。 だって可愛いすぎなんだもん。 「にしても先輩、良かったですね。先輩の神姫達が助かって」 「そうだな。婪、俺はお前に謝なければならない」 「え!?なんで謝るの?」 「だって俺はお前の厚意を疑ったんだぜ」 「いいの。あたしは先輩にどんな風に思われてもいいの」 「婪…」 「先輩…」 うっとりとした婪の顔。 微妙に頬を桃色に染め長い髪の毛からはいい匂いが鼻孔擽り淫靡な感じさせる。 ヤベ~可愛いすぎ。 イヤイヤ、婪は男だぞ。 しかも、一回襲われて俺のナニは………あぁ~、思い出すけど背筋がゾクゾクする。 で、でも今の婪なら…キスぐらいなら…許してもいいかなぁ。 「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま!な~にしてんですか」 「うお!?アンジェラス、な、なんでもねぇ~よ」 「もう~アンジェラスちゃん邪魔なんかしちゃ駄目ですよ。あたしと先輩の愛の行為に嫉妬しちゃう気持ちは分かりますけど」 「べ、別に私はご主人様が性別の壁を超えた恋愛をしないようにしてるだけです!」 アンジェラスは身振り手振りしながら婪に説明する。 けど、アンジェラスのお陰で助かったぜ。 危うく婪にキスするところだった。 けどよく、アンジェラスの奴助かったなぁ。 実際、あの煙草の爆弾の威力は部屋をぶっ飛ばす威力はない。 アンジェラスが変な使い方をしたから、こんな事になってしまったが…。 部屋がぶっ飛ぶぐらいの威力がある爆弾だったのにアンジェラス自体ほぼ無傷ときてる。 普通の神姫なら粉々になってもいいくらいの威力のはずだ。 一つ解ったと言えば、アンジェラスは普通の神姫じゃないという事だ。
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アスカ・シンカロン04 ~審寡~ 「おかしいぞ」 本屋を出た帰り道に立ち寄ったのだ。 繁華街の一角だった事も確か。 なのに。 「無い」 いつも通る道の何処にも、件の骨董屋は見つからない。 「無い訳無いだろう!?」 昨日の帰り道は、特に意識しては居なかった。 それは逆に言えば、何時もと同じ道を通ったからだ。 「なのに、なんで何処にも無いんだよ!?」 繁華街の入り口まで戻り、神姫センターを通って、昨日立ち寄った本屋へと辿り着く。 そして、その帰り道に古びた建物を見つけた筈だった。 「左の方だったんだ、間違いねぇ」 「北斗ちゃん、そっち右なんだよ」 「……」 「……」 「い…、いいんだよ。『こっち』側なのは確実だ!!」 本屋から繁華街の入り口まで戻る道を辿る。 右側と、念の為に反対側も確認しながら、ゆっくりと歩くが、該当する建物に巡り合わぬ内に、繁華街の入り口まで戻ってしまった。 「無いんだよ」 「んな訳無ぇ」 肩の上に腹這いになりながら寛ぐ明日香に、北斗は余裕の無い声で返す。 「なんで無いんだ。この通りなのは絶対に確実だ!!」 「あのさぁ、北斗ちゃん」 「んだよ」 「神姫を取り扱っているお店なら、神姫センターで聞けば分かるんじゃない?」 「……」 ぽん。と一つ手を打って、北斗は神姫センターに向かって走り出した。 「―――無いですねぇ」 大型神姫センターの店長である女性が、パソコンで検索しながらそう応える。 「んな訳無ぇだろ!!」 「でも、この近くで神姫を取り扱っているのは、ココとパソコンショップ、それにおもちゃ屋の3店だけです」 パソコンショップは場所も違うし、独立した大型店舗でどう間違っても骨董屋に間違えるわけが無い。 おもちゃ屋は、北斗も時折ゲームソフトなどを買いに行く行きつけの店だ。そこでもない事は確実だった。 「小さな店でよ、骨董屋みたいな雰囲気なんだ。このすぐ近くの筈なんだよ」 「そう言われましても……」 流石に店長も困った顔をする。 「あの……」 「はい?」 北斗の肩の上から店長に話しかける明日香。 「個人経営の小さな店だと、ココに登録されていない事ってありますか?」 「オーナー登録は必須だし、出荷や、ユーザー管理の観点からも、本社が把握していない小売店なんか存在しないわね」 「そうですか」 とりあえず礼を言って、二人はカウンターを離れる。 しかし、これで八方手詰まり。 こうなって来ると、昨日の記憶を疑う方が正しい気もするが、それが記憶違いでない事は今もポケットの中にある、あの墨で書かれた手書きの説明書が証明している。 「それ以外の可能性ね~」 「北斗ちゃん、携帯貸してほしいんだよ」 「…? どうするんだよ」 「骨董屋さんの検索をするんだよ」 テーブルの上に携帯と明日香を置いてやると、明日香は器用に掌でボタンを押し込みながらその操作を始めた。 「どうだ?」 「う~ん、該当件数3件なんだよ。……でも全部遠いね」 「違うか」 一番近い店でも徒歩で30分以上掛かる。 候補に上げる事は出来そうに無かった。 「…狐にでも化かされたかな?」 冗談めかしてそう言った後、背もたれに寄りかかり、仰け反って転地逆の真後ろを見る北斗。 さかさまの視界に、蝙蝠型ウェスペリオーのCMが流れていた。 「…何やってるのよ、北斗」 「んあ? 夜宵?」 本来なら天井からぶら下がっているのだろうその神姫のCMとの間に、割り込んでくる見慣れた少女。 「…んあ、じゃないわよ」 肩の上に白いストラーフを載せた夜宵が、北斗のすぐ後ろに立っていた。 「…って北斗、神姫買ったんだ?」 テーブルの上で正座する明日香を見つけ、夜宵が視線を動かす。 「あ、ああ、そうだ!! 夜宵―――」 「―――マスター、自己紹介ぐらい自分で出来ます」 「え?」 明日香の事を説明しようとした北斗を遮り、明日香自身が立ち上がって夜宵の前に進み出る。 「始めまして。……私、マスターの武装神姫になりました、明日香です」 「……っ!!」 その名に、弾かれた様に硬直する夜宵。 「……お、おい明日香……」 「……………………北斗、あんた趣味悪いわよ……」 一瞬、気持ちの悪い物でも見るような目で明日香を見て、夜宵は一歩後ずさる。 「……姉さんはもう居ないって、言ったでしょ? それなのにっ!!」 「大丈夫ですカ、マスター」 夜宵の肩の上でその頬に手を置きながら、彼女の神姫、パールが主を気遣った。 「……帰る……」 「では、これで失礼させていただきまス。北斗。……それから、明日香さン……」 北斗を、そして明日香に視線を這わせてから、パールが頭を下げた。 「……北斗。……姉さんは、もう死んじゃったんだからね……。……もう、何処にも居ないんだよ……」 そう言い残し、夜宵は踵を返して小走りに走り去った。 「明日香、お前どういうつもりで!?」 「えっと、夜宵ちゃんには、しばらくナイショしようと思うんだよ……」 「…なんでだよ」 何か考えがあるらしいと悟り、北斗は声を落した。 「ほら、あのさ。少なくとも私が何で神姫になってるのか。その理由を説明できないと、信じて貰えないかもしれないんだよ」 「夜宵なら大丈夫だって!!」 「……でも、ずっとこのままじゃないかもしれないし……。夜宵ちゃんには、心配かけたくないんだよ……」 「……ぁ」 確かにその通りだった。 弥涼明日香は生き返った訳ではない。 例えば、神姫の素体に明日香の魂みたいなものが憑依したのだとしても、ずっとこのままという保証も無い。 或いは、次の瞬間に明日香の魂が消えて、飛鳥がただの神姫に戻る可能性だってあるのだ。 「だから、少なくとも。私がどうしてこうなったのかが分かるまでは、他の人には秘密にして欲しいんだよ」 「……ああ、分かった」 頷くしかない。 もしも、明日香のこの状態が長く続かないのだとしたら。 心の整理をつけた夜宵に、もう一度別離を味わわせる事も無いのかもしれない。 「……でもよ、そのまま明日香って名乗ったのは不味くないか?」 「だって北斗ちゃんには、咄嗟に別の名前で呼ぶような演技は無理なんだよ」 「……はい、出来ません。演技力ゼロです。そういう機転も利きません。ゴメンなさいでしたぁ」 「うん、分かれば宜し~んだよ」 にへへ、と笑うその顔が、生前のものと同じ事に、北斗の胸が少しだけ痛んだ。 -
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戻る 先頭ページへ 「けーくん!」 薄暗いそこに、初めてまともな光が射し込んだ。 半壊して片方が開かないドアをくぐりぬけ、孝也は切羽詰った様子でバトルマシンに駆け寄った。 「……何しに来たんだよ」 恵太郎の声を無視した孝也は、それを見て絶句した。 「間に合わなかった……!」 孝也がそう呟いたのとほぼ同時。ずるり、とアンクルブレードがアリスの手から抜け堕ちた。 武装神姫の心臓たるCSCを白刃によって貫かれたナルは、眠っているように目を閉じている。 それでいて、その表情は何とも幸せそうだった。 「けーくん、何でこんな事をっ!」 孝也は普段の様子からは考えられない剣幕で恵太郎を捲し立てた。 しかし、それが応えた様子も無い。 「お前には、関係無いだろ」 そう冷たく言い放った恵太郎に、孝也が思わず掴みかかった。 「関係無くないだろ!……君島さんも、何でこんな事を! こんな事したって何も……」 「孝也」 初めて、恵太郎が感情を表した。 「お前が口を出す筋合いは無いんだよ」 寒気がするような、虚ろな威嚇。 それは恐怖では無く、哀しさを植え付けるような威嚇だった。 「……何も、知らない人が、口を出さないで、下さい」 君島の言葉もまた、虚ろな感情が籠っていた。 「……アリス」 「……うん」 会話とも言えない一瞬の会話。 アリスはカーネリアンの亡骸を一瞥すると、君島の肩に飛び乗った。 「君島さん……!」 孝也の声を無視し、君島は壊れたバトルセンターを後にした。 残されたのは恵太郎と孝也と、ナル。 「……孝也、先帰れ」 恵太郎は孝也の腕を振りほどくと、ナルから目を逸らすように背を向けた。 「分ったよ」 そう言った後、孝也はナルの頭を軽く撫でた。 その後は、恵太郎に何も言う事無く真直ぐに出て行った。 ただ一人、ナルを前に恵太郎は立ち尽くした。 「……ただいま」 おかえりなさい、マスター。 普段は聞こえる筈の声が、もう聞こえない。 マスター、今日は少し暑かったですね。 普段は見える筈の姿が、もう見えない。 マスター、またコンビニ弁当ですか。 俺の食生活を案じる声が。 マスター、洗濯物はこまめに洗わないと後が大変ですよ。 俺の生活態度を戒める姿が。 マスター、明日は自分で起きてくださいね。 俺の早起きを促す声が。 マスター、もう朝ですよ。 俺の目覚めを促す姿が。 マスター、今日もがんばりましょう。 もう、無い。 マスター、今日の講義はフルですよ。 大学に行っても。 マスター、たまには野菜も食べましょう。 食堂に行っても。 マスター、講義は真面目に聞かないと。 講義に出ても。 マスター、立ち読みは駄目ですよ。 本屋に入っても。 マスター、次の駅で降りますよ。 電車に乗っても。 マスター、今日は何処に行くんですか。 もう何処にも、いない。 「……何の用?」 大学校舎の屋上は今が昼の休みだというのに人影は無く。 いるのは恵太郎と君島と、そしてアリスだけだった。 「……聞き、ました。大学を、辞める、そうで」 あれから―――ナルが死んでからもう一週間も経っていた。 「ああ、うん。そうだよ」 手すりに靠れかかりながら恵太郎は座っている。 「何で、ですか」 恵太郎から少し離れた所に、君島も座った。 「……神姫を持ってない人間は、ここには必要無いだろ」 空を、見上げた。 どこまでも青い空。そこに浮かぶ白い……まっ白い雲 「新しい、神姫を、買わない、んですか」 君島のとなり、恵太郎のとなり、二人の真ん中にアリスは立っていた。 「新しい神姫、か」 ふと、恵太郎がアリスを見た。 ナルと同じ、悪魔型。 「……」 恵太郎の指が、アリスへと伸びた。 君島は、それを横目で眺めている。 指が、アリスの頬に触れかけた瞬間。 アリスは一歩後ずさった。 「……一応の予定は、ね」 恵太郎は、暫く自身の指を眺めた後、手を頭の後ろで組んだ。 「……辞めたあと、どうする、んですか」 君島は、アリスから恵太郎へと視線を移した。 「どこか、遠くに行きたい」 恵太郎は、目を細めた。 「遠く、ですか」 君島は、ただ恵太郎を見ていた。 「……部屋が、広いんだ」 唐突に、恵太郎は言った。 「……ええ」 しかし、君島は特に反応しない。 「ナルが、いない。たったそれだけなのに、部屋が広く感じるんだ」 恵太郎は、空を仰いだ。 涙が溢れない様に、空を見ながら続けた。 「それだけなのに、世界が冷たいんだ……君島、お前もそうだったのか?」 空を見ながら、恵太郎は問いかけた。 「……ネリネが、いない、世界は、地獄」 一瞬の間を置いて、君島は答えた。 「その地獄は、まだ、続いて、ます」 アリスを優しく撫でながら、君島は続けた。 「カーネリアンを、殺せば、それが終わる、と、思ってました」 恵太郎は、空を仰ぎながら耳を傾けている。 「やっぱり、地獄は、終わら、ない。あなたも、それを、味わえば、良い」 深い憎悪の籠った声。 そして、底なしの虚しさが混じった声。 「……可笑しな、話です」 ふいに、君島が空を見上げた。 「ネリネを……神姫を、ただの、道具、扱いしていた、人が、それを、失った、ことで、泣く、なんて」 薄く、君島は哂った。 「……質問は、次で、最後、です」 前置きを置いて、君島は続けた。 「あなたが、殺した、のは、ネリネ、だけ、じゃない。他にも、神姫を、殺して、いる……どうする、つもり?」 一瞬、恵太郎の表情に影が刺した。 「それも、もちろん分ってる。というか、そのつもりで慣れないテレビにも出たりしたんだけどね。君島以外、誰も来なかった」 「……次に、復讐しに、来た、人にも、同じ事を、するんです、か?」 「その、予定」 日が、翳った。 「……あなたが、それを、罪滅ぼしだと、思ってる、なら、大きな、間違い」 君島の表情から、感情が消えた。 「復讐に、来る人、は、神姫を、本当に、愛する、人。そんな、人が、神姫を、殺す事で、満足は、しない」 その言葉に、恵太郎は固まった。 「それは、あなたの、自己満足」 恵太郎は、力無く呟いた。 「他に……」 だが、君島は構わず続ける。 「何も。あなたは、なにも出来ない。しては、いけない。ただ、苦しみながら、生きていく、だけ。懺悔も、贖罪も、あなたには、許されない」 そして、最後に言った。 「あなたは、私に、神姫を、殺させた。あなたは、一体、どれだけ、馬鹿なの」 恵太郎は、暫く俯いたままだった。 「他に……考え付かなかった」 虚ろな声で、言葉を吐き出す。 「俺は、どうすれば良かったんだ……」 しかし、その言葉に君島は答えなかった。 その沈黙が、答えだった。 「……あの時点でマスターが神姫から足を洗えば良かったんじゃないですかね」 「それだと、君島達に対してどうすれば……」 「さっきも、言った、筈です。あなたは、何も、出来ない、と」 「では、額を地面に擦り付ける程の土下座は?」 「その程度で済む問題じゃ……」 「謝る、方は、それで、気が済む、でしょうが、私は、そんな、事では、許しません、よ」 「では、残った人生で全ての神姫とそのオーナーを幸せにするというのは」 「……無茶苦茶な」 「それくらい、の、覚悟、ということ、です」 「やはり、こういう事はマスター自身が見つけなければダメですね」 「……見つけられるかな。もう、ナルだっていな、い……?」 「……!?」 その瞬間、ようやく恵太郎と君島とアリスは固まった。 そこに居る筈の無い存在。 そこに居てはいけない存在。 そこに居るのは。 「……ナ、ル?」 「なんですか、マスター。まるで幽霊を見たような顔をして」 アリスの横にちょこんと座った白髪赤目のストラーフ。 彼女に視線を釘付けにしながら、そこにいる誰もが驚愕の表情を顔に張り付けていた。 「……な、なんで。確かに、アリスが、殺した、筈、です」 「……CSCを、刺した、のに?」 硬直しながら、君島とアリスは顔を見合わせた。 そして、次に恵太郎の方へと視線を移した。 「待て、待ってくれって。俺も何がなんだかわかんねぇって!」 思わず素が出た恵太郎の言葉に、嘘は無い。 そんな三者三様の対応を受けながら、ナルは平然と口を開いた。 「まぁ、私もあの時は死ぬかと思いました」 「確かに、殺した」 ナルの能天気とも取れる言葉に、アリスがすかさず反応した。 「ええ、そうです。確かに、貴女は私のCSCを貫きました……タネ明かしは張本人に説明して頂きましょう」 まるで、示し合わせたように屋上に表れたのは高野孝也その人であった。 「……こ、こんにちは~」 空気が、凍った。 「孝也……お前、何をした」 その直後、ゆらりと立ち上がった恵太郎は静かに言い放った。 そして、ゆっくりと孝也に向って近寄った。 「せ、説明するから落ち着いてよ、ね?」 その言葉に素直に従ったのかは不明だが、恵太郎は手すりに身体を預けた。話を聞く体勢だ。 それを確認した孝也は、とりあえず胸を撫で下ろすと、咳を一つ。 「結論から言うと、クリスの力なんだ。君島さんは知らないだろうから簡単に説明するね。僕の神姫、トリスには専用装備としてナ・アシブっていう外部装甲がある。それに搭載されているシステム・ニトクリスはナノマシンによって神姫をハッキングして、感覚をかく乱するシステムがある」 そこまで聞いて、恵太郎は事の顛末を半分ほど理解した。 「……アリスをハックして、ナルを殺したように錯覚させた?」 「そんな、事が、可能、なのです、か?」 君島はアリスを見ながら呟いた。 当のアリスも信じられない、と言った様子で目を白黒させている。 「ジュピシーやジルダリアの武装を原理は似た様なものだよ。やっぱりトリスとクリスの力だけじゃそこまで完璧なハッキングは出来ないからね。ロンとトロンベにも手伝って貰ったよ」 神姫三体の演算装置を用いて行われた神姫に対するシステムハッキング。 それが、ナルが生きているタネ明かしだと言った。 「……待て、俺も君島もナルが刺される所を見ていたぞ。システム・ニトクリスは人間もハッキング出来るってのか?」 「システム・ニトクリスで出来るのはハッキングだけじゃないよ。ナノマシンを使った光学迷彩だって出来る」 つまりは、システム・ニトクリスによってアリスをハックしつつ、バトルマシン周囲を光学迷彩で覆い、さもナルが刺されたかのように見せかけた。 そういう、事だ。 「……じゃあ、これは何なんだ」 恵太郎は懐から掌大のケースを取りだした。 そこには胸が破損したストラーフが入っていた。 「ダミーだよ。先輩達に作って貰ったんだ。現場でね」 そこまで聞いた恵太郎は、脱力して地面にへたり込んだ。 「アリス。ハッキング、されて、いたの、に、気付き、ました?」 「全然」 アリスは、自らの掌を見つめた。 カーネリアンのCSCを貫いた感触がこびり付く、その掌を。 「何でだよ」 強く、強がろうとする声が恵太郎から洩れた。 「何で、こんな事したんだよ……」 「……けーくん。けーくんがアリカちゃんを止めたのと、同じ理由だよ」 その言葉は、暗に恵太郎を否定していた。 「けーくんの考えてる事は贖罪じゃない。君島さんの言う通り、ただの自己満足だよ」 「お前に……何が分るんだよ」 「分るよ。あら方、神姫を好きになって、神姫を好きな人の気持ちを理解して、それで神姫を殺される人の気もちを理解しようとしたんでしょ? 伊達に生まれた時から一緒にいないよ」 「……じゃあ、何で俺を止める」 「何度でも言う。けーくんは間違ってる。けーくんがやった事は、神姫が好きな人に神姫を殺させる、そう言う事だ」 「それ、は、私が、言い、ました」 「……とにかく、けーくんがした事は間違ってる。それだけは言える」 そこまで聞いた恵太郎は、空を眩しそうに見つめた。 「他に……考え付かなかった」 「けーくん。けーくんはどうかは分らないけど、僕はけーくんの事友達だと思ってる。僕だけじゃない。裕子先輩も、裕也先輩も、茜ちゃんも……それに、アリカちゃんも」 そこで、一旦孝也は言葉を区切った。 「だから、もっと僕たちを頼ってよ。一人で考え付かないなら、皆で考えようよ」 孝也は笑って言った。 でも、その笑顔は恵太郎には眩しすぎた。 「……アリス」 君島の一声で、アリスは彼女の肩に飛び乗った。 「聞きたい、事も、聞け、ました、から、私は、失礼、します」 その後ろ姿を見つめがら、恵太郎は暫く逡巡していたが、結局、何も言えなかった。 「孝也、さん?」 校舎へ続く扉の前で、ふと君島は立ち止った。 「私も、アリスも、神姫を殺さずに、済みまし、た。ありがとうございます」 「……うん」 「倉内……さん。私は、もう、疲れました。だから、もう、私の目の前の、現れないで」 それだけ言うと、君島は答えを聞かずに立ち去った。 恵太郎と孝也と、ナルの間に沈黙が漂った。 「……孝也、話はもう終わりか」 「まだだよ」 そう言うと、孝也は校舎へ続く扉の中に首だけを突っ込み、何かを招く動作をした。 それから間もなく、屋上にアリカが表れた。 「じゃあ、僕は下で待ってるよ」 「マスター、私も」 孝也とナルはアリカと二三言葉を交わすと屋上から立ち去った。 「……師匠、隣いいですか?」 少し戸惑いがちな、それでいて強い意志の込められた言葉に、恵太郎はただ頷く事しか出来なかった。 恵太郎の隣に腰を下したアリカは、間髪入れずに口を開いた。 「師匠、私は……」 「アリカ」 しかし、それは恵太郎の一言で止められた。 気まずそうにするアリカを余所に、恵太郎は言う。 「お前、聞いてんだろ。俺の事」 「……はい」 その問いに、アリカは素直に答えた。 「……俺には、師匠なんて呼ばれる資格、無いよ」 空を見つめ、雲を見つめ、何処かを見つめる恵太郎の言葉が、虚しく響いた。 「俺には、人に好かれる資格なんて、無いよ」 その言葉は、アリカだけに言ったのでは無く、恵太郎の知人全員に当てた言葉だった。 「だから、さ」 次の言葉は、アリカにとって最も聞きたくない言葉で、恵太郎にとって最も言いたくない言葉だった。 「俺を……」 「師匠!」 今度は、アリカが止める番だった。 「人が人を好きになるのに、資格なんているんですか!? 私が師匠を師匠と呼ぶ事に、何の資格がいるんですか!? 師匠は、私とトロンベを救ってくれたじゃないですか!? それで、私には十分です!」 半分、悲鳴にも似たその叫びは、人のいない屋上に響き渡った。 「だから……師匠を好きな事は、許してください……」 消え入りそうなか細い声、それでいて耳に残る不思議な声。 しかし、恵太郎は空を眺めたまま、口を開いた。 「……アリカ、一人にしてくれないか」 「嫌です」 「こんな顔してんの、見られたくないんだよ……!」 「じゃあ、下向いてます」 それから数分、恵太郎は静かに泣いた。 「……アリカ」 「はい」 「お前の気持ちは、嬉しい。今まで、誰かにそういう風に言われた事無かったから」 「はい」 「でも、今はまだ、答えられない」 「……はい」 「だけど、絶対に答える。だから、少しだけ待っててくれるか?」 「はい……師匠」 それが、アリカの聞いた恵太郎の最後の言葉だった。 「ナル、久しぶり……かな」 「そうなりますね、マスター」 「俺、お前を二度も殺しちゃったんだな」 「三度目は無いですよ」 「ナル、俺はどうすればいいんだろうな」 「それをこれから探しに行くんでしょう、マスター」 「……ナル、一緒に来てくれるか?」 「イェス、マスター。何処までも、何時までも」 そして、恵太郎は姿を消した。 戦う神姫は好きですか 終
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第5話 剣の舞姫(ソードダンサー) ついに来た。俺は、目前の多目的ホールの収まる建物を見上げていた。 今日、これからここで行われるのは”武装神姫ショウ”というイベントだ。 企業による次世代モデルの発表や会場限定品販売、個人ディーラーの自作品販売、新規ユーザー獲得の為の催しも充実している。 もちろんバトル大会も行われる。 バーチャルバトルで強くなったエルを公式戦に出すことを決意し、出場を申し込んだ。 会場前には、一般参加者の列が伸びており、今現在も伸び続けている。 俺はその列を横目で見ながら、メインゲートとは違う入り口へと向かう。 そこで大会招待状をみせ、入場証をもらい控え室へと案内された。 控え室はかなり広く、すでに数人の参加者が自分の神姫のチェックをしていた。 俺も与えられた一角に荷物を置き、持ってきたパソコンを起動させる。 「よし、出ていいぞ」 ペンケースのような箱を開けると、二人の神姫が起き上がる。 「マスター、いよいよですね」 「ああ」 アールの頭を撫でてから立たせてやる。 「あ、あたい……」 「緊張してるのか?」 無理も無い、この大会の模様はTVはもちろん、ネットにも配信される。 エルも同じように頭を撫でて立たせてやる。 「エル、ちょっとじっとしてて」 俺は、パソコンから伸びたコードをエルにつなぐ。 パソコンにさまざなな情報が表示されるが、異常個所は見られない。 「よし! OKだ」 コードを抜き、エルに答える。 それから俺たちは、パソコンに入れておいた簡易型ヴァーチャルバトルの対CPU戦用モードにてエルのウォーミングアップをした。 開始時間が近づいて、次々と参加者が入ってくるが、人数が少ない気がする。 「別にも控え室があるのでしょうね」 「だろうな」 アールに答える。 確かに、ここが広いといっても個人個人が持ち込む荷物がかなりあり、入れる人数が少なめみたいだ。 会場側もそのことを分かっているようで、個人に割り当てられたスペースがかなり広くなってる。 もちろん、俺のスペースも同様でパソコンとエルに使う武装一式と、メンテナンス用具しか持ってきていない俺にはかなり広い。 他の参加者を見回すと、およそ実戦向きでないようなドレスを着せている人、俺の用に2,3人の神姫を連れて来ている人などが居る。 「この全てがあたいのライバルなんですね」 俺が他の参加者を見ているのに気が付いたのだろう、エルがそう言ってきた。 「ああそうだ。こわいか?」 エルの頭を撫でると、ふるふると首を横に振る。 「ううん、マスターと姉さんがついてるから平気」 エルはニッコリと笑った。 控え室にスタッフが入ってきた。 「これより、武装神姫バトル大会が始まります。参加者の皆さんは、バトルに参加させる神姫を素体状態で持ち、順に廊下へ並んでください」 それを聞いた参加者が立ち上がり、神姫を連れて出て行く。 「じゃあ、行ってくるよ」 「はい」 アールにそう言って、エルを持ち廊下に出た。 スタッフに連れられて廊下を歩いていると、向こう側からも同じように歩いてくる集団があった。 二つの集団の合流地点で右に曲がり会場へと目指す。 ステージに全員が並ぶと、スポットライトが当たると同時に大歓声が巻き起こった。 『ここに集まった戦士たち。目指すは優勝という栄光。このステージに立てばルーキーもランキング一位も関係ない』 『あるのは、そう、今現在の能力の優劣のみ。さあ! 始めよう! 栄光を目指す挑戦者達の競演を!』 『注目せよ! これが栄光への階段だ!!』 大音量のナレーションと共に、俺たちの背後にある大スクリーンにトーナメント表が表示された。 バトル参加者に見えるように、ステージに置かれたモニターには同じ様子が表示されている。 『エントリーNo1』 ナレーションと共に個人にスポットライトが当たる。それと同時にトーナメント表に名前が入る。 名前が入るたび、ギャラリーから大歓声が上がる。そして、俺は一回戦最終組となった。 その後、俺たちは控え室に戻ってきた。 「まだドキドキしてるよ」 エルが胸を押えて興奮を隠しきれない様子だ。 「じゃあ、調べてやろうか?」 「やん」 俺がいやらしい指の動きでエルに迫ると、身を翻しエルが逃げる。 「あははは」 「うふふふ」 「くすくす」 俺たち三人は一斉に笑い出す。エルもリラックス出来たようだ。 しかし、異変は突然やって来た。 そろそろ準備をしようとしていたときだった。 「マスター!」 アールが叫ぶ。 アールの方を向くと、そこにはぐったりとしたエル。 「どうした! 大丈夫か?!」 エルの反応は無い。 急いでエルにコードを挿し、機能チャックする。 「原因不明の動力停止、それによりAIがスリープ状態か」 パソコンからエルに再起動指令を与える。 「反応なし。再起動できない……」 「マスター……」 心配そうなアールに説明する。 「エルは機能停止して、復帰出来なくなってる。AIはスリープしただけだから、起動さえ出来れば……」 「マスター、動く動力……ボディがあればいいんですよね」 「そうだが、そんなもの持ってきてないぞ」 最低限の物しか持ってこなかったことを悔やんだ。 「あります」 「え?」 俺はそういうアールに驚く。 「………ここに」 そういって自分の胸を押えるアール。 「使ってください」 「いいのか?」 コクンとうなずくアール。 「ごめんなアール」 俺はそういって、メンテナンスベッドにアールを寝かせ、機能停止させた。 ボディ破損などによる交換手順は知っていたが、いざ行うとなると違う。 胸部カバーを外し、CSCを引き抜き、壊れないように刺さっていたスロットをメモして紙で包む。 それから、アールのヘッドを外し、エルのヘッドと交換した。 エルのCSCをアールに刺し、カバーを閉じる。 「たのむ、起動してくれよ」 俺は祈るように起動指令を与えた。 「ん…んん」 エルが起き上がる。 「あれ? あたい、いったい」 「機能停止したんだ」 「そっか……え! どうして!」 自分の身体をみておどろくエル。 「起動できなくなったボディの変わりに使ってって言ってな」 エルに説明すると、泣きそうになった。 「エル、泣くな。エルは戦って勝つことだけ考えろ」 「うん……」 そういってエルは、頭だけのアールを抱きしめた。 「いくぞ」 「うん」 エルに武装をしていく。足にストラーフのレッグパーツ、太ももにアーンヴァルのシールドパーツ。 背中にサブアームユニットとアーンヴァルの翼にレッグパーツのブースター、肩にアーンヴァルのシールドパーツ。 頭にアーンヴァルのヘッドギアを付けた。 胸にストラーフのアーマーをつけたときエルが言ってきた。 「マスター、胸の名前のとこ、アール姉の名前も書いてくれよ」 「わかった」 そういって、胸に書かれた”L”の文字に重ねるように”R”を書いた。 背中にフルストゥ・グフロートゥとフルストゥ・クレインを取り付け、レッグパーツにアングルブレード。 手首にアーンヴァルのサーベルを取り付けて武装完了。 そこまで行った所で、スタッフの声がかかった。 「陽元さん、準備をお願いします」 俺は、不正パーツのないことを審査してもらう為、エルを提出した。 そして俺は戦いの舞台へと向かった。 ステージに上がると、再び大歓声に迎えられる。 バトル用のブースにつくとすでにエルが準備されている。 俺は、備え付けのインカムをつけて、エルとの交信状態を確認する。 「エル、聞こえるか?」 「おう、マスター聞こえるぞ」 「いいか、お前は一人じゃない。アールと一緒に二人で戦うんだ」 「マスター、その計算、間違ってるぞ」 「え?」 「あたいにはマスターの気持ちが注がれている。アール姉にもマスターの気持ち……いや、愛だな。アール姉の場合は」 「お、おい」 「あはは、気づいてないと思ったか? 相思相愛、熱いねぇ。とにかく、あたいとアール姉と、あたい達に対するマスターの気持ち。合わせて四人だ」 「……そうだな。だから絶対負けないさ」 「おうよ」 「いくぞ!」 「おう!」 バトル開始の合図が鳴った。 開始と同時にエルはヴァーチャルステージへと移る。 ゴーストタウンステージに光の柱が現れ、光が消えると同時にエルが現れた。 こちらのモニターでは確認できないが、相手もどこかに現れたはずだ。 エルは出現地点からまだ一歩も動いていない。 いや、動いていないわけではない。 その場で左右の踵を交互に上げ下げをしてリズムを取っている。 どこからともなく、猫型ぷちマスィーンズが襲い掛かる。 エルは尚も足踏み状態だ。 猫ぷちの砲撃がはじまるがエルには当たらない。 いつのまにかサブアームにフルストゥ・グフロートゥを持ち、くるくる回転させることにより弾をはじく。 猫ぷちが突撃してくると、エルは優雅に足を振り、足先の刃で突き刺し、地面に叩き落す。 しかし、身体の軸はぶれずに、サブアームのフルストゥ・グフロートゥを回転させたままだ。 「さて、そろそろ公演開始しようか」 「OKマスター」 にやっと笑いそういうと、エルは目を開き、アングルブレートを自分の両手に持ち、前方へ大きく飛び出した。 そして、身体を回転させると同時にアンブルブレードを振り、猫ぷちを斬ると光となって消えて、退場扱いになった。 「まず、2機」 身体の回転を止めると同時に、サブアームのグフロートゥを左右別方向に投げる。 刃の飛ぶ先に猫ぷちがそれぞれ位置して、貫通する。 「はい、4機」 猫ぷちの倒されたことによる退場を確認すると、アングルブレートをサブアームに持たせゆっくりと飛ばしたグフロートゥの方へ歩いていく。 辿り着くなり足先で思い切り蹴り上げると、そのまま回転し後方に回し蹴りを放つ。 足先の刃に今度は犬ぷちが突き刺さっていた。足を下ろすと同時に退場する犬ぷち。 エルはすっと腕を伸ばすと先ほど蹴り上げたグフロートゥが落ちてきて手に収まる。 驚いたことにグフロートゥには犬ぷちが刺さっていて退場していった。 「6機か、あと2機くらいいるだろう」 サブアームの手首を回転させアングルブレードを地面に突き刺した。 「7機目」 エルが呟くと、地面から退場の合図の光が漏れた。 突然エルが上を向き、身体を回転させてその場所から離れると、さっきまで居た場所に犬ぷちの乱射が降って来た。 サブアームのアングルブレードを軽く放り投げ、自分の腕で持つと、跳び上がり下から犬ぷちを薙ぎ払う。 「8機、これで打ち止めだろう」 エルは一旦全ての武器を収めた。 ここまでの戦いを見ていたギャラリーは静まりかえっていて、エルが武器を収めると同時に轟音と化した感性が沸き起こる。 見ていた誰もが同じ感想をもったことであろう。 それは戦いというより、”剣の舞い”だったと。 「エル、レーダーに反応は?」 「いまんとこ無しだぜ、マスター」 「そうか、こっちから動くか」 「OK! 恥ずかしがり屋さんを迎えに行きますか」 エルが探索の為に歩いていると、弾が落ちてきて煙幕を吐き出す。 「エル!」 「大丈夫だ! たぶんここから出たところを狙い撃ちっていうことだろうが、そうはいくか!」 エルはブースターを全開にして飛び上がる。 するとエルを追うようにマシンガンの乱射が迫ってくるが追いつかない。 エルが上空から確認した相手の神姫は忍者素体にハウリンのアーマー、両肩に吠莱壱式、背中からストラーフのサブアームを二対ついている サブアームには、STR6ミニガンを2門、シュラム・リボルビリンググレネードランチャーが2門装備されていた。 足はマオチャオのアーマーで、エルとは対照的な射撃に特化しているようだ。 轟音と共に両肩の吠莱壱式が火を噴く。 エルは上空に停止しフルストゥ・クレインを自分の腕で、サブアームにフルストゥ・グフロートゥを持つ。 四枚の刃を蝶の羽の用に合わせて防ぐ。 さらに、グレネードランチャーやミニガンをも合わせて撃ってくるが、四枚のグフロートゥとクレインで全て防いだ。 銃は効かないと思ったのか、忍者が飛び上がりハウリンの腕が下から襲い掛かる。 「気をつけろ! 射撃戦用が接近してくるのは、何か隠してるぞ」 俺はエルに注意を促す。 「分かってるって」 エルは上体を反らせてかわし、そこから地面へと急降下。 その一瞬後、エルの居た位置に相手の背中から伸びた、マオチャオの腕に取り付けたドリル空を切る。 エルより遅れて着地した忍者がマオチャオの腕を出すと、両腕にドリルがついていた。 ハウリンとマオチャオの腕、サブアームが二対、合計八本の腕が出揃った。 「まるで蜘蛛だな…」 正直な感想をもらす俺。 「マスター、作戦は?」 「んじゃ、蜘蛛の足から落としていくか」 「OK! 派手にいくぜ」 エルは相手に向かって飛び込み、発射間近だった吠莱壱式にアングルブレードを刺しこみ、バク転で逃げる。 大爆発と共に吠莱壱式とマオチャオの腕が吹き飛ぶ。 「まず二本!」 エルが叫ぶ。 爆発でうろたえる相手の頭を優雅に飛び越えの背後に回り、フルストゥ・クレインとフルストゥ・グフロートゥをサブアーム基部に突き刺す。 そして、ジャンプして足で押し込むとそのままジャンプして飛び越える。 「これで六本!」 倒れた忍者が起き上がると同時に、ビームサーベルを両手に持ち懐に飛び込んで相手を貫いた。 相手は、ヴァーチャルフィールドから消えてエルの勝利が決定した。 エルはビームサーベルを収めて左手を腰に当て、右手は頭上に高く掲げる。 そして、タンタンと大きく二回足踏みをして音を鳴らすと、キッとポーズをとった。 この日最大であろう、大歓声がエルと俺を祝福する。 控え室に戻った俺たちは、結果をアールに報告した。 「アール姉、勝ったぞ」 エルは武装をつけたままで、アールの頭を抱きしめる。 「よくがんばったな」 俺はエルの頭を撫でる。 「この調子で二回戦もがんばるぞ」 「おう!」 エルは勝ち進み、ベスト8まで行ったが、そこで負けてしまった。 そのときの相手が今回の優勝者だった。 俺の部屋の本棚の最上部に二つ目のアクリルケースが置かれることになった。 一つ目には、壊れたストラーフの素体。 二つ目にはストラーフの胸アーマーをつけたアーンヴァルの素体がストラーフの素体を抱きしめている姿になっている。 頭がない分ちょっとシュールになってしまっているが。 結局、エルの素体は起動しなくなったので新しいのを買った。 エルの使ったアールの身体をアールに戻すと、記念だから残して欲しいと言われ、アールの素体も新品にした。 それからもアールとエルは仲良くダンスをして俺はそれを眺め、エルをバトルさせるといういつもの生活が続いている。 大会を見ていた誰かが付けた、エルの二つ名”剣の舞姫(ソードダンサー)”が日本中に広まるには、あと少し時間が必要だった。 戻る 次へ
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「後始末」 ここから先はただの蛇足。 本当の意味で一ヶ月の間にあった話はもうおしまい。 何よりもう二学期は始まっていて、あの夏の一ヶ月は過ぎ去っている。 だからここから先は、本当にただの蛇足。 アタシはこの白いストラーフを親友である結城セツナに託そうと決めた。 誰よりも信頼していたし、海神を失った悲しみも焔と心を通わせた喜びも知っている彼女になら、この娘を幸せにしてくれるだろうと確信していたから。 それに、彼女の名前は刹奈を思い出させてくれる。 正直に言ってしまえば、未だ悲しみはアタシの中でしっかりと存在していて、時々その重さに潰れてしまいそうな時もあるけど、でもそれと共に思い出される楽しかった事が、アタシをまた奮い立たせもした。 あの町にいた時は、刹奈の名前からセツナを連想したものだったけど、今じゃその逆だなんて、少しだけ面白い。 「なんか踏み込めないって言うか。……壁を感じることがあるんだ。はぐらかすような、そんな感じにも見えたし。やっぱり年上って不利なのかなぁ……」 目の前でセツナはティーカップを弄びながら、気になっている年下の彼の事を話している。 まぁ、アタシが話を振ったんだけど。何事にも前振りって必要だしね。 ……確かその件の彼も、『せつな』って言ったっけ? 「具体的には、どんな?」 アタシはセツナの言葉を促すために言う。 丸々会うことの無かったこの夏の間、お互いに何があったのか話せる雰囲気が欲しかった。半ばそのために聞き始めたようなものだったんだけど。 でも「フラれた」なんて言われてしまえばそんな考えもどこかに飛んで行ってしまう。 「……なんて言うか、二人きりになることをまず避けようとする、かなぁ。友達か、神姫が必ず一緒にいる状況を作っているかな」 よっぽど思い悩んでいたのか、セツナは次々とその具体例を挙げていく。そして最後に、 「結構態度にも出していたし、遠まわしかもしれないけど口にも出して言ったんだけど。それとも男の人って、そこまで鈍感でいられるものなの?」 「うーん……そこまで行くと、どうなのかなぁ?」 少しだけ考えてみる。 少なくても、アタシならそこまで好意を寄せられたら少しくらいは「そうかも」とか考える。 夢絃みたいに、結局何も言わずに……逝ってしまっても、彼から受けた好意はしっかりと伝わっていた。 ただ、確信と自信が無かっただけで。 でも、それはあくまで女であるアタシの事であって、男である件の「せつな」君の事ではない。 思い出した心の痛みに耐えながら、アタシはセツナに言う。 「……実際の所、その彼がどう思ってるのか知らないけど、でもそれって、全部憶測なんでしょ?」 彼の行動からセツナが読み取った、彼の思惑というのは。 「まあ、ね。あくまでそういう風に感じた、ってだけ。それ以上は別に避けられているわけでもないし」 「狙ってやってるとしたら許せない所もあるけど、でもそれも思うところもあるのかもしれないし。どっちにしろ相手のこれからの出方次第だよねぇ」 あたしがそう言うと、セツナは頷く。 「ま、あんまり考えていても、なんともならないわね。この話はこれでおしまい」 確かにこれ以上考えても埒が明かないし、アタシの用件を切り出すのにもタイミングが良かった。 「で、今日は本当は何の用なの? まさかその話題だけで家まで訪ねて来たわけじゃないのでしょう?」 アタシが話を切り出す前に、セツナが話を促してくれる。 このあたりの察しの良さは、さすがと言うしかない。 「私も武装神姫やってみたいと思ってさ、ちょうど良いからってこれを注文したんだ。……だけど、これが届いた頃には、興味が無くなっちゃったんだよネ。まぁ、色々理由はあるんだけど、それは追求しない方向で」 別に隠すこと無いんだけど、この嘘で納得してくれるのであればそれに越した事はない。 そんなつもりでアタシは言った。 まぁ察しの良いセツナの事だから、嘘がすぐにばれてしまうかも、とは思っていたけれど。 そして案の定、すぐにばれたんだけど。 やっぱり嘘ついて引き取って貰うのは、フェアじゃない。 でもやっぱり、全部話す事は出来なかった。 「正直に秘密があるって言ってるんだもん。それをちゃんと言ってくれたんだから、それで十分」 そんな卑怯なアタシにセツナのかけてくれた言葉はとても優しかった。 そんなセツナが、「ねえ、朔良。この娘が起きるの、一緒に見届けない?」と言い出す。「なんとなくだけど、この娘が起きるときに朔良が居ないといけない気がするの」と。 なんだか本当に、セツナのこの察しの良さには救われると感じずに入られない。 アタシは少し緊張して、頷いた。 初めて見る神姫の初起動はなんか感動的で、その新たな意識の目覚めはアタシの心の傷に優しく触れてくる気がした。 不意に涙が零れる。 「……朔良、今ならまだ間に合うわよ?」 アタシの流した涙の事には触れず、それでもそっと確認をとる。 親友の、その思いを受け取りながらも、アタシは首を左右に振った。 この娘の為に、アタシの為に、アタシがオーナーじゃない方がいいという意見は、あの町で話したときと変わらずにアタシの中にある。 そのアタシに小さく頷いたセツナは、オーナー名の登録後、またアタシに視線を向ける。 その視線は「名付け親にもならなくてイイの?」と聞いてくる。 アタシはやっぱり首を振った。セツナに託したんだ。だから、全てがセツナによって行われなければならない。 アタシはそう考えていた。だから、アタシはこの娘の名前も付けられない。 この娘には、アタシの痛みを負わせたくないから。 そんなアタシを知ってか知らずか、セツナは悪戯めいた笑みを一瞬だけ浮かべる。 そして 「個体名、朔。 ……貴方の名前は朔。ここに居る朔良から一文字戴いたの。大切な名前よ」 さすがに驚いた。いくらなんでも、なんて皮肉な……。いや、違う。そのねじれたおかしな偶然こそ、きっと必然。 アタシ朔良が出会った神姫、刹奈。 親友セツナに託した神姫、朔。 そんな符号に、心のそこから嬉しくなる。 こんな気持ち久しぶりで。 だからちょっとだけいたずら仕返してやった。 あの夏の日は過ぎ去り、それはもう閉じられた扉の向こう側にある過去でしかないのだろうけれど。 アタシは忘れない。 あの人を忘れはしない。 あの出会いがあったから、アタシはここに居るのだから。 なつのとびら おわり / まえのはなし
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鋼の心 ~Eisen Herz~ 登場神姫の武装紹介 ~その他編~ 焔星(エンシー) 【壱式=炎(ホノオ)】 焔星の基本形態。 強力無比な【プロトン砲】を主兵装に、【レーザーブレード】や【シールドファング】、【オートガン】等で武装している。 基本的には回避主体の軽量級神姫だが、プロトン砲の火力は凄まじく攻撃力は極めて高い。 二機の【ぷちマスィーンズ】である【光阴(コウイン)】、【闇阳(アンヤン)】との連携を駆使する事で、ステータス以上の戦闘力をも発揮できる。 ただし、【光阴】、【闇阳】は、高い性能の代償として稼働時間が短い為、こまめな補給を行う必要があるが、その際の補給は、本体との接触により電力の譲渡と言う形で行われる。 その電力を生み出す為の大型ジェネレータをバックユニットに内蔵している上、プロトン砲とシールドの重みも加わり、機動性を維持する為に装甲の大部分をオミットする必要があった。 大型ジェネレータは、【ぷち】への補給以外にもプロトン砲のエネルギー源としても利用される。 【式神弐式=光阴(コウイン)】 浮遊移動を駆使する近接防御型の自律兵器。 上半身のみという特異な形態ながら、非常に高い装甲防御力と切断力の高い大鎌【デスサイズ】を有し、近接格闘戦で相手を追い詰める。 作中では使用していないが、飛び道具として双発式の【小型イオン砲】を装備している。 腕と頭部を本体内部に収納する事で球状の防御形態へ変形し、更に守備力を向上させることも可能。 高性能かつ多彩な装備を有するものの、そのエネルギー源は小型のバッテリー一つでまかなわれている為、こまめな補給が欠かせない。 【式神参式=闇阳(アンヤン)】 四足による安定性を活かした精密砲撃を駆使する砲撃支援型の自律兵器。 ある程度の連射力と威力を両立させた速射砲二門を主兵装とし、後方から焔星本体や【光阴(コウイン)】を援護する。 更に、変形する事で高速飛行も可能であり、砲撃の最適ポイントへと素早く移動することが可能。 また、飛行モード時に焔星本体を上に載せ、ボードアタックを敢行する事も出来、用途は多岐にわたる。 エネルギーの消耗が【光阴】ほど激しくないので頻度は多少落ちるものの、補給が必要なのはこちらも同じ。 【真鬼王=零】 焔星の高速戦闘形態。 従来型の【真鬼王】とは真逆に、速度と機動性を向上させる事を目的とした形態であり、焔星本体が、【光阴(コウイン)】、【闇阳(アンヤン)】と合体する事で形成される。 両ぷちとの合体により、それぞれのコンデンサを活用することが出来るようになるため、主兵装の【プロトン砲】もリロード時間が短縮され、発射間隔が短くなる。 また、【デスサイズ】、【レーザーブレード】、【オートガン】等も使用可能で、攻撃面に隙は無い。 巨大な割に装甲防御は然程高くも無いが、強化される機動性で攻撃を回避する事が出来る為、生存性は高い。 なお、【零】の高速戦闘能力は、機体に直結される二機の【ぷち】が焔星本体のAIとCSCを補助することで実現している。 【プロトン砲】 非常に高い威力を持つエネルギー砲。 榴弾砲と同様に、着弾地点で爆発を起こす性質があり、回避するのが困難な武器。 その威力、攻撃特性の代償として重量とリロード時間と言う枷を持つ。 【零】形態では【ぷち】用のバッテリーを流用する事で、リロード時間の大幅な向上を得ている。 【シールドファング】 【炎】形態時に盾となる部分を展開し、大顎として敵に食いつかせる武器。 奇襲性が高く、飛行タイプなどの脆弱な装甲ならば食い破る威力も持つが、重装甲タイプの神姫には歯が立たない。 本来は噛み付く事で動きを止め、【ぷち】でトドメを指す為の補助的な武器。 【デスサイズ】 単分子カッターを内蔵した長柄武器。 作中では使用していないが、大鎌、薙刀、長斧の三形態を使い分けられる。 切断力は凄まじいものの、少々重く扱いづらい面もある。 実は市販されている典雅の製品の一つ。 【レーザーブレード】 アーンヴァルのレーザーブレードを出力強化したもの。 威力はノーマルタイプに比べて向上しているが、稼働時間で劣り、充電に必要な時間も長い。 もちろん、威力が高いといってもカトレアはおろか、フランカーのものよりも出力は劣る。 ただし、通常の神姫相手に格闘武器として用いるならば、充分に強力な性能。 【オートガン】 【炎】、【零】、どちらでも使用できる小型火器。 通常のハンドガンとして手に持って使用する事も可能だが、脚部にマウントしたまま自動的に稼動し、発砲する事もできる。 威力は無改造のハンドガンと同じでしかないが、自衛火器としては有用であり、近接防御に一役買っている。 歌憐(カレン) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (karen001.jpg) 【重装潜水装備(メキアリル)】 目立たないものの、実はかなりの実力者である藤堂晴香の神姫。イーアネイラ型。 重装潜水装備となる【メキアリル】ではサポートマシンである【アイオール】をそのままバックユニットとして装備し、水中での機動力と攻撃力を強化している。 カレン最大の特徴は、主兵装である【オルフェウス】がギタータイプに改造されている事で、音響兵器としての性能向上に加え、そのまま近接武器としても使用可能。 特別に【エレメンタルソング】と銘を与えられているこの【オルフェウス】は、弦を爪弾く事でエッジ部分が共振を起こし、刺突のダメージを格段に向上させられる。 近接戦では、相手に突き刺したまま『演奏』する事で相手の内部(電子機器)に直接攻撃できる。 要するに轟鬼の『雷電激震』 背面ユニットで目立つ二器のサーペントは、【エレメンタルソング】に砲身を共振させる事でその効果を増幅するアンプの役目も持つ。 もちろん直接メーザー砲としても使用可能で、各種魚雷やニードルガンなどと合わせ、カレンの絶大な水中戦闘能力を支えている。 水中戦に限れば作中最強で、フブキにすら抗し得る神姫。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (karen002.jpg) 【軽装陸戦装備(メルリンク)】&【自立型随伴砲台(アイオール)】 9話で使用した軽装の陸戦装備。 本来肩装備のニードルガンを合体させ、ツインランサーにしているが武器はこれと【オルフェウス】だけ。 余談だが【エレメンタルソング】が開発されたのは大会直前なので、9話の時点では武器は普通の【オルフェウス】だった。 サポートメカである【アイオール】は、水中行動しか出来ないという制約はあるものの、水中戦では単独でも陸戦型の神姫を倒しうるほどに強力。 高い移動速度と圧倒的な火力を武器に、水中戦を制するだけでなく、VLS(垂直発射ミサイル)で陸上への支援攻撃も行える。 カレンの18番である【霧】も【アイオール】本体、及び発射されるミサイルから散布する。 天使型MMSブラック・アーンヴァル 試作開発段階のプロトタイプアーンヴァルをコピーした擬似神姫=マリオネット。 正確には神姫でもMMSでもないロボット。 旧海底資源掘削プラントで行われた戦闘(バトル)においてフブキ側の手勢として数千機が投入された。 CSCを搭載しておらず、本体内蔵のAIが司令塔からの大まかな指示で行動する方式。 もちろん性能は通常の神姫は及ばず、数で攻める物量戦でその真価を発揮する。 件の旧プラント攻防戦においては数種類のブラックタイプが確認されており、それぞれに用途が異なる。 神姫と違い柔軟な判断が出来ない為に最初から役割を分担していた物と推測されるが詳細は不明。 【TYPE/α】(写真上段) LC3レーザーキャノンで武装した空戦砲撃戦タイプ。 小回りは利かないものの、最大速度は最も早く装甲も(比較的)頑丈であった。 反応速度等に難のある擬似神姫だが、武装の威力は通常の神姫と変わらず、特にこの【TYPE/α】は突入側の最大の脅威となっていた。 頭髪はロングであり、レーザーの発熱を放出するヒートシンクの役割を果たしていた。 【TYPE/β】(写真中段) 空中格闘戦(ドッグファイト)に特化した戦闘タイプ。 上記の【TYPE/α】とは比較にならない旋回性能を持ち、射程こそ劣る物の時間当たりの総火力でも勝っていた。 手持ち武装のレールガンは後に市販される物とは違い、本体から電力を供給されている為、手首のジョイントに固定する必要があり運用には多少の難が見られる。 格闘専用のレーザーソードと防御用のシールドを一つづつ持った最もバランスの良いタイプでもある。 頭髪はポニーテールで、利便性と緊急時の放熱性能を秤に架けた結果だと思われるが、マリオネットにその様な判断が出来たのかは不明。 【TYPE/γ】(写真下段) 屋内白兵戦に対応した陸上歩兵タイプ。 装備は最も安価で、施設内に大量に配備されていた機種。 しかし、過半数を占めていた主力部隊は、たった一機の神姫に一瞬で撃破されており運用には問題点が残っていた物と推測される。 火器はアルヴォ系のSMGであり対神姫戦には十分な威力だが、特筆するべきような機構は見受けられない。 屋内での密集戦を想定してか頭髪は短く、過熱の多い武装の使用が出来なかった物と推測される。 尚、この戦いの後回収されたこれらのブラックタイプを参考にFrontLine社が開発した物が、トランシェタイプのアーンヴァルであるとも言われているが、同社から公式の発表は無い為に詳細は不明。 サソリ型MMSアルアクラン 神姫事業の先駆けであるグループK2が開発した試作神姫。 一体の神姫に極限の装甲と火力、それを支えるパワーを持たせたテストベッド機。 商品化する際の価格がストラーフやアーンヴァルに対し3倍ほどに上る為、試作段階で企画が終了している。 後にUnion Steel社が神姫事業に参戦する際、開発資料として譲渡されており同社のティグリース、ウィトゥルースの雛形ともなった。 主な武装は 【荷電粒子ビーム砲】×1 【2連装速射機関砲】×1 【電熱シザーアーム】×2 特筆するべき性能としては斥力場浮遊による滑走能力が上げられるが、これは単体では完成しておらず、バトルフィールドに予め電磁レールとして使用できる磁場発生装置が必要となる。 鋼の心本編の最終決戦場となる、旧資源掘削プラントには重要設備付近にある大部屋にこの電磁レールが予め敷設してあり、一体ずつのアルアクランが配備されている。 また、その電磁レールを利用し、主砲である【荷電粒子ビーム砲】を発射後に湾曲させる能力もあるが、滑走機能同様にレールの敷設された室内以外では使用できない。 余談だが、基本的に試作タイプの情報は他社に公開されない為、後にMagic Market社がサソリ型MMS(グラフィオス)を作成したのは単なる偶然である……。 清姫(キヨヒメ) 数多の重火器で武装し、強固な電磁装甲で身を守る巨大な神姫。 乱戦においては最強とも言われており、天海におけるランクは2。 火力の高さは言うまでも無いが、格闘能力、機動力も決して低くは無い。 非常に有名な神姫ではあるが、その実態は謎に包まれており、オーナーの正体すら定かでは無い。 一部では、イリーガルであるとも噂される。 幾度かバージョンアップを受けているが、現在(大会時)の搭載火器は以下の通り。 【3.5mm滑空砲】 主砲となる、インターメラル製の超大型滑空砲。 火力は凄まじく、直撃を受ければ如何なる神姫とてひとたまりも無いと言う、文字通りに必殺の火器。 重量がある為に取り回しが難しく、近距離では照準をつけるのは困難だが、破壊力はそれを補って尚余りある。 【1.2mm滑空砲】 副砲は【FB256 1.2mm滑空砲】と同様のもの。 腕部に内蔵されており、非常に広い射角と操作性を持つ。 威力では【3.5mm滑空砲】に劣るものの、近接戦でも使用可能である為に使用頻度は高い。 【1.0mm狙撃砲】 超長距離での主力となるロングバレルキャノン。 他の砲と同じく行進間射撃も可能だが、静止状態における精度が極めて高く、大口径の狙撃銃としても機能する。 ある程度の連射も可能で強力な弾幕を展開し、対空射撃を行う事も可能。 【0.8mm速射砲】 連射性に特化した小口径滑空砲。 清姫の弾幕の真髄とも言える火器であり、これと【ガトリングガン】の併用は極めて強力。 弾種は近接/時限信管の【榴弾】であり、対空高射砲としても機能する。 【ガトリングガン】 小口径の銃弾を極めて速い速度で連射する機関砲。 清姫の火器としては比較的小型だが、通常の神姫であれば主兵装であっても過剰とも言える程の火力である。 【6連短距離ミサイル】 左右連動で、合計6発の誘導ミサイルを発射するミサイルポッド。 短距離と銘打たれているが、通常の神姫の射程距離よりも遠くまで攻撃可能。 誘導性が極めて高く、飛行型、高機動型の神姫にとっては致命打となる。 【2連長距離ミサイル】 理論上フィールドの端から端まで届く長射程の巡航ミサイル。 威力は【3.5mm滑空砲】にも匹敵する程であり、極めて強力。 装弾数が少なめなのが弱点。 【レールガン】 電磁加速された小口径高速弾を発射する武器。 装甲貫通性が極めて高く、ジュビジーの【キュベレーアフェクション】ですら貫通する。 破壊力そのものは【榴弾】に比してやや劣る。 【スプレッドランチャー】 散弾のように拡散する【榴弾】を発射するランチャー。 比較的射程距離は短いものの、面制圧火器であり、広範囲を一瞬でなぎ払う。 更に連射も可能であり、主砲とは別の意味で凶悪な武装。 【小型機銃】 至近距離や小型目標への射撃に使用するバルカン砲。 補助的な兵装であり、威力も普通の神姫の副砲並で極立った特長は無い。 【Sマイン】 爆発し、周囲に散弾をばら撒く近距離用特殊兵装。 無差別攻撃であるため、清姫自身も攻撃を受けるが、散弾の威力は清姫の装甲で弾く事が可能である為、敵だけが被害を蒙る。 これを防ぐような重装甲の敵はそもそも至近距離まで近寄れない為、低い威力に問題は無い。 リーヴェレータ(リーヴェ) 飛行型かつ、重量級という極めて特異な神姫。 飛行速度は極めて遅く、他の飛行型はもちろん、平地であればトライクやティグリース、果てはハウリンにすら移動力で劣る事もある。 ただし、装甲はストラーフをも凌ぎ、攻撃力は極めて凶悪。 また、移動力の低さも地形の利用(悪路へ追い込む)や高度を下げながら飛行する事で加速を行い、補うことが可能。 空対空戦には向いていないが、バトルロイヤルの特性上飛行タイプは遭遇率が低く、リーヴェの装甲を貫けるだけの重火器を有さない事が殆どなので、結果として生存性は極めて高い。 主な兵装は機体下部の大型連装機銃と各種爆弾。 爆弾は【無誘導爆弾】【レーザー誘導爆弾】【燃料気化爆弾】【クラスター爆弾】【テルミットナパーム弾】等を多数有しており、彼女の真下は如何なる神姫もその生存を許されない地獄と化す。 実は重過ぎる重量をフロートで浮かして、ターボプロップで移動するという飛行船のような移動法である。 普段はお淑やかだが、バトル中は性格が豹変する。 それはもう、別人レベルで……。 何か溜まっているのかも知れない。 アーシュラ 【アトラクアナクア】 パワー最優先のチューンナップを施されたストラーフ。 天海市の神姫センターでも上位に位置する神姫の一人で、ランクは6。 最大の特徴は6本装備の【チーグル】であり、近接格闘で右に出る者はいない。 ただし、反応速度を向上させる為、思考能力を極限までカットしてしまう為、戦況判断が不得手。 過去に、「蜘蛛らしく糸を吐く能力」を付与された事があったが、自分で張った蜘蛛の巣を敵と認識し、即座に殴りかかった事がある程におバカ。 当然、正式採用は見送られた。 トリオ・ザ・サーべラス(Cerberus) 三機一組で活動するサーべラスの構成機体。基本的に三機とも装備は同一。 概要としては、ハウリンの標準装備をベースに、カスタムアップされた強化型ハウリン。 主兵装は【吠莱壱式】と【ヒートサーベル】(レーザーブレードではない)。 補助兵装として【拡散ビーム砲】(頭頂部の“耳”部分)を装備している。 ただし、【拡散ビーム砲】は出力不足で目くらまし程度の効果しかない。 機動面では、極小タイプのフローターユニットを内蔵しており、地面の上を滑走移動する事が可能で、通常のハウリンの比ではない高速移動を可能としている。 更に、装甲も充分に頑丈で、ハウリンタイプの特徴である頑強さと相まって高い耐久性を持つ。 しかし、これ程の高性能でありながら何故か戦果が振るわず、天海最弱の3機という不名誉な知名度を持ってしまっている。 三機の連携による、非常に強力な必殺技を持っているらしいが、未だ公開された事はない。 因みにオーナーは黒井三兄弟。 高校3年生の三つ子であるらしい。(黒い三年生!!) また、構成する三人のハウリンは戦闘中の呼称をα、β、γと言う記号で呼称するが、本名は別にあるとか。 鋼の心 ~Eisen Herz~へ戻る -
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春の風にしてはやや肌寒い感じが残る鳳凰カップ初日 雲ひとつない日本晴れがまさにイベント日和といった感じだろうか 予選開始時間は十時 初日である今日の予定はバトルカップ予選とブース出店 ちなみにバトルカップの解説は決勝リーグからとなっている だから今日の俺にはあまりやることがないのだ 本来イベントの始めにおこなわれる開会式は軽く開会宣言のみで、主催者挨拶なんかは決勝リーグ前におこなわれるらしい 御袋曰く「運動会前の校長先生のお話ほどやる気が無くなるものはないからねぇ~」とのこと 俺はその判断に激しく同意していた 「グッジョブ、御袋…」 そう頷く俺の両隣には 「うっわぁ~スッゴイ人の数~」 「こんなに大掛かりなイベントだったのか?」 と人間大のマオチャオとアーンヴァル 言わずもがな、神姫のコスプレをしているインターフェイス使用中のミコとユーナである ………やっぱり神姫なのに神姫のコスプレするのってなんかおかしいよなぁ いや、俺がさせてるんじゃないよ?よいこのみんなならば犯人が誰だか解ってくれるよな? そう、犯人は勿論今回の祭りの主催者にして俺の宿敵… 「ふおっほっほ、やはり似合っとるぞ美子ちゃん、優奈ちゃん!」 うちのクソジジイさ 「兼じぃだ~」 「でたなジジイ」 「くたばれジジイ」 「登場して間もないのに凄いブーイングじゃな…」 美子、優奈、俺の三段コンボは老人の心を少し傷つけた 「当たり前だ。なんたってこいつらにこんなかっこさせにゃならんのだ」 いくら神姫のイベント会場にいたとしてもこいつら二人の格好はかなり目立つ それとともに俺も一緒となると吊るし上げをくらったようなもんだ 正直周りの目線がキツイ オイコラ、勝手に写メを撮るな 「祭りには可憐な華が必要じゃろ。二人には祭りの盛り上げ役として力を貸してもらいたくてのぅ」 可憐な華? こいつ等が? うん、それじゃあよいこのみんなもお兄さんと一緒にジジイに並んで二人の姿を観察してみよう!! 俺は前にも見たことはあるんだが、この際上から下までジックリと観察してみることにする うちの三人の中では一番小柄な美子 控えめな胸、細身の体、そしてくりくりとした目のはちょっと危ないロリ属性 「にゃ……お、お兄ちゃん…」 すらっと伸びた両足、結構ボリームのある胸、オレンジ交じりの髪から覗く首筋、赤くなった頬に少しつり目のツンデレ属性、優奈 「あ、アニキ…目が……えろいぞ…」 というか二人ともモジモジと身悶えするんじゃない お前らのほうがよっぽどえろいからさっきよりも周りの視線が集まってるじゃないか 「後は毎朝優しく起こしてくれる幼馴染ぐらいは欲しいのぅ」 ボソッと老人らしからぬ発言 まぁこれは今に始まったことじゃないんだがな… 「老人の朝は早いから起こしに来るのは無理なんじゃねぇの?」 しかし、うちで朝起こしてくれる幼馴染キャラといえば俺の左肩に座っている奴が最も近かろう 「御爺様、私はよろしいのですか?」 一人だけ神姫素体のノアである 三人の中じゃ最も俺との付き合いは長いし、お互いのことも相当理解してる 朝起こしに来てくれるのもノアだしな もっとも、俺の中じゃ炊事に洗濯、掃除に買い物、何でも来いのクールな万能メイドさんのイメージが濃いのでそれもどうかと思ったりするのだが… 「ノアちゃんはいいんじゃよ。明人がこのイベントに参加するんじゃ。神姫を一人も連れとらん明人なんぞに価値はありゃせんわい!」 物凄く酷い言われようだがもっともなので言い返しはしない こちらとしても武装神姫のイベントに神姫も連れず、代わりに神姫のコスプレしている女の子を三人も連れて歩くウザイ野郎になることは御免こうむりたいのだ 「ノアちゃんは一番顔が知れとるからの。それにほら」 ジジイがノアにパンフレットを指差してみせる 俺たちは四人ともジジイの指差すパンフレットの位置を覗き込んだ そこはブース案内の國崎技研の紹介箇所 「國崎技研……ああ、ミラコロを共同開発してるとか言ってたな」 「そうじゃ。しかしあれからさらなる機能が追加されたんじゃ。國崎にできる若造がおっての…と、今言いたいのはそこじゃないんじゃ。内容を読んでみい」 ジジイに言われるがままもう一度パンフレットに目を落とす 「ヘンデル及びグレーテルのデモ、体験。グレーテルを使ったお菓子作りコンテスト。優勝商品はグレーテル通常版……お菓子作りコンテスト?」 「うむ、そこの『グレーテル』とは神姫用のシステムキッチンのことじゃ。なかなか小粋な宣伝をしよるわ。ふぉっほっほ」 神姫用のシステムキッチンねぇ… あいにくうちの神姫は普通のキッチンで毎日俺にメシ作ってるからなぁ… っておい、まさか…… 「ジジイ…コレにノアを出させようとか思ってんだろ?」 「薦めてみようと思っとるだけじゃ。無理にとは言わん」 なんだ…良かった ノアが出たら反則気味に有利になっちまうからなぁ 「無理に言わんでも結果はでとるからのぅ…」 「は? 何か言った…」 そこまで口にすると左肩から物凄い気配を感じる 悪い予感が渦巻く中、そぉっと視線を左に移すと… 「お菓子作りですか……ふふふふふ、腕が鳴ります」 地獄の番犬様が両目を閉じて微笑んでいらっしゃいました 燃えてらっしゃいます 橘家の台所番長様が闘志を燃やしてらっしゃいます 橘さんちの番犬さん、お菓子作りコンテスト参加決定… それから少しの間ブースを回る 大手企業各社に噂のアマチュア『F-Face』と三屋八方堂 凄い人の波でそれだけ回るとかなりの時間が経っていた バトルカップ午前の部が終了したことを知らせるアナウンスを聞き、俺たちは足を止める 「もうこんな時間か…」 「ひとまずアルティさんたちと合流しますか?」 「そうするか…」 携帯を取り出すと葉月からのメールが一件入っていた ブース、喫茶店LENに集合!(*^▽^*) 簡潔に記された用件と最後に顔文字… 「コレはあれだな。嬉しいけど内容は直接話したくてとり合えず早くメールしてしまえと……」 「よくわかるなアニキ…」 「まぁ一応あいつの兄貴だしな。とり合えず今のところ全員勝ってるみたいだ」 パンフレットを持っているノアのナビを頼りに待ち合わせのブースに向かおうとして思いとどまる 「おっと、おまえら…そのままだったらまずいな…」 「あ、葉月んがいるんだもんね~」 ノアのインターフェイス時は紹介してあるから問題ないのだがこの二人はまだだったりする というか説明するのがめんどくさい 「じゃあ鳳条院のブースまで戻るか?」 ミコとユーナのために鳳条院の企業ブース兼、総合本部の裏にロケバスを用意してもらっている そこで神姫素体とインターフェイスの交換を自由にできるようにとのジジイからの処置だ しかし、そこまで戻るのか…面倒だが仕方がない 少し遅れるとメールを早打ちすると若干早歩き気味で本部へと歩き出した 「兄さん遅いよ~」 予選も休憩時間となり、出場者や予選観戦客もブースの方へと移って来たので人の波も混雑して約束のブースまで15分もかかっちまった オープンカフェになっている喫茶店LENはランチタイムともあって大盛況の様子だ 「わりぃ、ちょっとあってな」 俺用に用意していてくれたのか、葉月とアルの間に空いている席に座る 「こっちにいたならそんなにかからないでしょ?」 一度本部に帰ったとも言えず、誤魔化すようにウェイトレスの男性を呼んで注文する ノアとミコはチキンサンド、俺とユーナはカツサンドのコーヒーセットだ 「で、調子は?」 俺の一言に全員がニヤリとする こりゃ聞くまでもねぇみたいだな 「無論、勝っている。私達はAグループで三戦三勝だ」 「予選は何試合だったけ」 「全四試合、それに勝ち抜けば決勝リーグにいける」 なるほど、アルとミュリエルは決勝リーグまで王手をかけているわけか… 「俺達はJグループで二勝中だ」 「私達も同じく二勝。グループはMで、次が三戦目です」 「私達はアルティさんと一緒で試合がスムーズに進んだから次で最後だよ。あ、グループはBね」 とり合えずグループは分かれたみたいだな 決勝リーグまで同士討ちということはなさそうなので一安心か 運ばれてきた昼食は物凄く美味かった ちらっと特設カウンターの方を見るとここのマスターであろう女性が黒葉の学生となにやら話しながらコーヒーを淹れている うをぅ…なかなかの美人だぞ 昴が気に入るわけだこりゃ… とぼんやり考えながらマスターを見ていた俺の両太股が葉月とアルに抓られた その後、食事を終えてから皆と別れる アル達は午後の予選開始までにはまだ幾分か時間に余裕があるらしく、予選会場に近い大手企業の方を見て回る言っていた 一緒に来いと誘われたのだが、さっきまで回っていたのでさすがにお断りしておくことにした それから俺たちは律儀にも再び本部まで戻り、ロケバスでミコとユーナを再びインターフェイスに変えてから一般参加ブースを見て回るために表通りに出たところで営業二課の渡辺さんを見つけた 「渡辺さん」 挨拶しておこうと見慣れた後姿に声をかける 「あぁ若、丁度よいところに」 振り向いた渡辺さんは少しホッとした様子 「ん? 何か俺に用事?」 「はい。ですが私ではなく…」 「久しいなアキヒト」 渡辺さんの後ろから俺の名前が呼ばれる 後ろを覗き込むと不敵な笑顔の少女が一人 「観奈ちゃん」 「フッ、挨拶に来てやったぞ」 國崎技研の社長、 國崎 悠人氏の愛娘にしてランキング72位のファーストランカー、國崎 観奈ちゃんである 「久しぶりなのだノアール」 「ミチルさん…」 彼女の頭の上にはパートナーである『白い翼の悪魔』、ミチルちゃんが乗っている 「久しぶりだな。たしかアメリカに行ってたんだって?」 「うむ、NY大会が目的だったのじゃ。なかなかの猛者ぞろいで楽しかったぞ」 楽しかったか…相変わらずカッコいい性格してるなぁ… 「優勝したんだろ? 大したもんじゃないか」 「む…ただ心残りがあっての」 心残りってか? 「むこうで戦ってみたい者がおったのじゃが、奴はもうアメリカにはいなくての…」 ほう、観奈ちゃんに注目される相手か… 「気になるな。誰なんだ?」 「アキヒトも多分知っておるじゃろ。アルティ・フォレストじゃ」 「……………」 「どうした?知らなかったのか、この大会にもエントリーしとるはずじゃぞ」 「ミュリエルとのバトルが楽しみなのだ」 知ってるよ よーく知ってるよ あ~んなとこやこ~んなとこまで知ってるよ… まぁ、いたいけな少女相手にそんなこと言える訳でもないけどさ 「わらわ達はCグループじゃからの。上手くいけば奴とは決勝リーグの二回戦で当たるというわけじゃ」 腕が鳴るのうと気合満々の観奈ちゃん 「…明人さん…お久し…ぶりです」 「うわぁ!!」 いままで気づかなかったが観奈ちゃんの後ろに一人の女子高生が立っていた 「…すいません…驚かせて…しまったようで…」 「あ…あぁ、いえ、こちらこそすいません」 さっきからいたのに気づかなかった俺のほうが悪いと思うんだが彼女は丁寧に頭を下げてくれた 「えぇ~と………どちらさまでしたっけ?」 その上俺はこの人のことを憶えてないのだ 俺って無礼者? 「…憶えて…いないのも…無理は…ありません…およそ…七年ぶり…ですから…ね」 七年ぶり…ん? この独特の話のテンポは… 「もしかして…斗小野会長のお孫さんですか?」 「…はい…斗小野 水那岐…です…」 驚いた 何にって…彼女の容姿は七年前の社交界で会った時とそっくりそのままだったのだ え~と、確か俺より二つぐらい上だったように記憶していたんだが… 「…ほんと…お久しぶりです…とは言っても…明人さんの…活躍は…いつも…メディアで…拝見…させて…もらって…いますけど…」 「あぁ、それは恐縮です…えと、水那岐さんも武装神姫、始められたんですか?」 彼女の両肩にはジルダリアとジュビジーが 「…ええ…まだ…始めた…ばかりですが…二人とも…挨拶…」 「やっほー。私は火蒔里。ひじりんって呼んでね♡」 「花乃ともうします。明人さんにノアールさんですね。お二人のことは存じております。御会いできて光栄です」 眩しい笑顔で手を振るひじりんと礼儀正しくお辞儀をする花乃ちゃん 「そりゃどうも。もしかして二人も大会に出るんですか?」 「…ひじりんは…アクシデントで…出れなく…なりましたけど…花乃が…頑張って…くれて…います」 「それじゃあ今のところ…」 「…ええ…次は…Iグループの…三回戦です」 ルーキーなのに大したものだ こう見えて水那岐さん、センスあるのかもな… 「それよりもノアールだけでミコとユーナの姿が見えんが…」 いつのまにか美子にだきしめられている観奈ちゃん 「あ、あいつらは…」 アナタを思いっきり抱きしめてますよ~とも言えないよなぁ… つぅかお前は何やってるんだよ美子!! (だって可愛いんだもぉ~ん♡) 目線で返事をするな 「二人は御爺様のお手伝い中ですよ」 ノアのナイスフォロー 確かに嘘は言ってねぇよな… 「ふむ、だからアキヒトはこんな美少女を二人もたぶらかしていたと…」 ジト目になる観奈ちゃん いや、誤解だってば たぶらかしてねえし、噂のお二人はここにいますってばよ 「まぁ、わらわが言うのもおかしな話だがな…」 と、微笑交じりの最後の言葉がひっかかったが… 「それで、解説者様がこんなところで何をしているのじゃ?」 「解説は決勝リーグからだからな。今日はこれからおたくのブースでお菓子でも作りに行こうかと」 「なに、まことかっ!? それならば共に来るがよい。わらわも恋人に会いに行くところじゃ」 「恋人?」 おませさんですね、最近の小学生は… 「うむ。おぬしに劣らず男前じゃ!」 いや、観奈ちゃんの恋人だろ? 小学生か、少し年上でも中学生くらいだよな… それと比較さてれも複雑な気分だぞ 「ほら、行くぞ!!」 観奈ちゃんに背中を押され、俺たちは國崎技研のブースへと向かったのだった 追記 鳳凰杯、警備隊本部 「いまのところイベント進行は順調なようだねミス・桜」 「フェレンツェさん。えぇ、なんとか予定通りに進んでいます」 「そうか、それは何よりだよ。私はお祭りが大好きでね」 「あなたの周りはいつもお祭りのようですけどね」 「ハハハ、確かに」 「娘さんとご一緒しないんですか?」 「なに、急がなくても祭りは逃げやしないよ。私は責任があるのでね。万が一の事態に備え様子を見に来たんだよ…」 「インターフェイスですか…大変ですね」 「なに、理解ある協力者達が助けてくれている。私は幸せ者だよ」 「そうですか。なら、私もその協力者としてここの警備指揮はまかせていただきます。どうぞ祭りをお楽しみ下さい」 「…ホントに私は幸せ者のようだな。ここはお言葉に甘えるとしよう。古き友や知人がブースを出しているものでね。娘と挨拶に行ってくるよ」 「そうですか。では楽しんでいらしてください」 「君もよい祭りを…ミス・桜」 続く メインページへ このページの訪問者 -
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キズナのキセキ ACT1-25「聖女の正体」 ◆ 「本当によろしいのですか、奥様」 おもむろにそう話しかけてきた自らの神姫・三冬に、久住頼子は落ち着いた様子で湯飲みを手に取る。 「なんのこと?」 「菜々子様のバトル、気にならないのですか? 見に行けばよろしかったのでは」 「いいのよ」 煎れたばかりのお茶を一口飲み、壁の時計を見た。 「……もう始まっている頃ね。一時間もしないで、結果がわかるでしょう」 「ですが……」 今から行ったところで、バトルには間に合わない。 そもそも、頼子は最初から、当日のバトルを観戦する気は全くないようだった。 大事な孫娘の、今後の人生を左右しかねない、戦い。 それなのに、悠々と構えている自分のマスターを、三冬は少し歯がゆく思う。 菜々子やミスティと一緒に暮らしてきたのは三冬も同じだ。口には出さずとも、あの二人を大切に思っている。 頼子は、ちゃぶ台の上に静かに湯飲みを置く。 「この戦いは菜々子の戦いよ。わたしたちができることは何もない……できるのは、ただ、待つことだけよ」 「……」 「あの子が帰ってくるのを出迎えてあげる……たとえどんな結果になったとしても」 頼子とて、バトルの行く末が気にならないわけではない。 だが、菜々子が一人の神姫マスターとして挑む試練ならば、頼子もまた神姫マスターとして、黙って見送るべきだと思っている。それが頼子の矜持であった。 そして、バトルがどんな結果になったとしても……菜々子がどんな風になったとしても、暖かく迎える。それが頼子の、祖母としての矜持である。 特訓が始まった頃から、決戦の日はそうして過ごすと決めていた。 昨日まで、特訓のために多くの若者がやってきて賑やかだった久住邸の居間は、頼子と三冬だけがいて、ひどく殺風景に感じられる。 こんなに広い家だっただろうか。 頼子はそっと視線を移す。 部屋の隅に置かれたそれは、遠野貴樹に託されたもの。 特訓で彼が使っていた、時代遅れのタワー型デスクトップPCだった。 □ 「そんな……あれが……あんなのが神姫だなんて……」 呆然と言うのは安藤。 俺が少し後ろを向くと、江崎さんは口を押さえて気分が悪そうだ。 無理もない。 本来の神姫は人型だ。なのに異形の物を神姫だと言われて受け入れられる方がおかしい。 冷静でいる俺の方がどうかしているのだろう。 「なんなんだよいったい……あんなのが神姫とか、ヘッドセットが神姫とか……なんなんだよ、マグダレーナって奴は……わけわかんねぇ!!」 大城が我慢できなくなったように声を上げる。 ここにいるチームの仲間たちは誰しも同じ思いだろう。 俺は少しだけ頭の中を整理し、言った。 「大城、悪かったな。何も言わないまま手伝わせてきたが……やっと説明できる」 「……ああ?」 「……あの、マグダレーナの装備こそ、マグダラ・システムの本質だ」 「マグダラ・システム……!? あれか、エルゴで店長と話してたときの……」 「そうだ。マグダラ・システムは一つの装備やスキルを指す言葉じゃない。マグダレーナの独特の戦闘方法を構成するシステムの総称だ」 俺は視線をはずさない。その先にいるのは漆黒の神姫……マグダレーナ。 奴も俺をじっと見ている。表情を驚愕に彩りながらも、視線は徐々に苛烈になっている。 俺は続ける。みんなに聞こえる声で、今こそ語る。 「そのマグダラ・システムの本質は、単純に言えば『複数の神姫を同時に操ること』だ。 だからこそ、サポートメカは神姫でなくてはならない。 神姫であれば、犬猫型のマスィーンズや、カブト・クワガタ型の合体装備ヘラクレスよりも、より柔軟かつ繊細な戦闘行動が出来る。本来は、武装神姫のチームで使う能力なんだろうけどな」 「複数の神姫を操るって……それじゃまるで……デュアルオーダー……」 園田さんがかすれた声で呟いた。俺はまた一つ頷く。 「そうだ。マグダレーナの場合、二体以上の神姫を操れる。五体同時に操っているのを見たからな。『マルチオーダー』とでも言うべきか」 「五体って……そんなに!?」 「C港でのリアルバトルの時に、サポートメカ二体、ヘッドセットが二個、そして……菜々子さんのストラーフbisの、合わせて五体を操っていたからな」 視線を交わすマグダレーナの表情はどんどんと厳しくなっていく。それが俺の推理の正しさを無言のうちに物語る。 ふと気づいたように、八重樫さんが疑問を口にした。 「……待ってください。マグダレーナの能力が『マルチオーダー』だったとして、ヘッドセットにCSCを仕込んで、いったい、なに、を……」 賢い八重樫さんのことだ、話している途中で答えに行き着いたのだろう。疑問は途中でかすれて消えた。かわりに、両肘を抱えて細かく震えている。 ここで答え合わせをするには彼女には酷かも知れない。 だが、俺は皆に語らなければならない。 それが、すべてを秘密にしたまま、みんなをここまで連れてきた俺の責任だ。 「ヘッドセットを通して操るのさ……人間をな」 背後で息を飲む気配。俺は振り向くことが出来ない。マグダレーナに注意を払い続けなくてはならない。奴は何をしてくるか分からないからだ。 俺はマグダレーナを見つめながら、話を続ける。 「マグダレーナは操っていたんだよ、自らのマスターである桐島あおいと、おかしくなったときの菜々子さんを」 ルミナスを失った後の桐島あおいと、C港での菜々子さん。二人の共通点は、事件の直後に態度が豹変したことだ。 そして、C港でのバトルの時、俺が菜々子さんのヘッドセットをはずすと、彼女は正気を取り戻した。 ヘッドセットを媒介に、菜々子さんが何者かに操られていると、俺はその時に確信した。そして、『マルチオーダー』の概念を思いついたと同時に、ヘッドセットが神姫である可能性に思い至った。 だからこそ、ヘッドセットをホビーショップ・エルゴに持ち込み、日暮店長に中身の確認を依頼したのだ。ヘッドセットが神姫であることを、店長は請け負った。 大城は声を震わせながら、俺に問う。 「……神姫が人を操るって……どうやって!?」 「催眠術さ」 「……さいみんじゅつぅ?」 「強い暗示、と言ってもいいかも知れない。 催眠術と言うと胡散臭い感じだが、効果は科学的にも証明されている。催眠術をかけられた人は、術者の言うことを現実だと思いこむようになる。 あのヘッドセットからは、そうした暗示をかける音声が流れ続けている。ヘッドセットを通してマグダレーナが指示を出し、あたかもマスターが神姫に指示を出して戦っているように見せかけていたんだ。 菜々子さんの時には、のっぺらぼうのストラーフを新しい自分の神姫だと思い込ませていた」 大城はごくりとのどを鳴らし、さらに言う。 「で、でも、なんだってそんなことをする必要が……」 「今の世界で、神姫だけで生きていくことは出来ない。どうしても人間の手で世話したり保護したりすることが必要だ。バトルにだって、神姫単独では出られないしな」 「それじゃあ……桐島はマグダレーナの世話を強制的にやらされてた、っていうのか?」 「……わからん」 俺はゆっくりと頭を振る。 それはわからない。自らすすんでマグダレーナの僕となったのか、それとも無理矢理なのか。知っているのは桐島あおい本人だけだ。 正気を取り戻したら、ぜひ彼女に聞いてみたいところだ。 そこで、低くしわがれた声が聞こえてきた。 「よくも……よくもそこまで……突き止めたものだな……」 その声は地の底から響いているかのように、低く、暗く、重い。 そして、同時に俺に向けられている視線は、憎悪。 俺は視線を逸らさない。マグダレーナの視線を受け止め、小さな神姫を見つめ続ける。 「我が能力、どこで見破った……?」 「C港での戦いの時に気付いた……だが、ゲームセンターでのバトルの話を聞いていたからこそ、ひらめいた」 「……なに?」 「お前は、サポートメカを、ゲームセンターでは使わなかった。 自らの要求を通すのに、敗北は許されない。マグダラ・システムの他の能力を使っても相当に有利だろうが、万が一の負けも許されないのに、手持ち武器だけで戦った。 先にあったミスティとのリアルバトルでは、フル装備だったのにも関わらず、だ。 なぜか? お前は使いたくても使えなかった。 なぜなら、サイドボードに神姫を二体も入れたら、レギュレーションチェックに引っかかるからだ」 基本的に装備はフリーのゲームセンターでの対戦といえども、最低限のレギュレーションはある。 サイドボードに入るだけの装備しか使えないし、サイドボードに神姫は入れられない。 マグダレーナの装備は物量的にはサイドボードに入れられるが、サポートメカにはCSCが搭載されているから、神姫として判定されて、レギュレーション違反になってしまう。 だから、『ポーラスター』や『ノーザンクロス』では軽装備で戦ったのだ。ミスティと虎実が、奴の装備について意見をぶつけ合ったことがあったが、二人の主張が違う理由はここにあった。 そう言えば……思い出した。 「そう言えば、ひらめきの原点はもっとずっと前……大城と『デュアルオーダー』の話をしたことだ。C港で大城の声が聞こえたときに、ひらめいた」 背後がちょっとどよめく。今の言葉とともに感謝の気持ちが大城に届いていればいいのだが。 俺の背後の雰囲気とは裏腹に、いつも余裕の表情を崩さなかったマグダレーナが、ここまで歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどに、歯を食いしばって俺を睨みつけている。 俺に向けた視線には憎悪さえ込められているように思える。 「……奢るなよ。『スターゲイザー』を破壊した程度で、このわたしに勝てると思うな」 「分かっているさ、マグダレーナ。「観測機」を破壊したくらいで油断する気はない」 その時のマグダレーナの表情は見物だった。 あれほどの憤怒の表情が、まるで豆鉄砲に撃たれた鳩のような、驚きと呆然に取って代わったからだ。 俺の何気ない言葉は、奴にとっては急所への一撃に等しかっただろう。 そうだ、マグダレーナ。この戦いの主導権はこっちが取り続ける。今までずっと後手に回っていた分をすべて取り戻させてもらう。 しかし、俺とマグダレーナの話に、その場にいる他の誰もついて来れずにいる。 それは当事者である菜々子さんとミスティも同様だった。俺が秘密主義に徹した弊害がこんなところに現れる。 ミスティは、残骸と化したランプ型のサブマシンの外装を持ち上げながら、俺を見た。 「観測機って……」 「文字通りの意味だ。ミスティ、今お前が倒したそれは、戦闘用のサポートメカだが、それで役割の半分だ。もう一つ役割は、『スターゲイザー』……マグダレーナの強さの根幹になっている、『行動予測』スキルのための観測だ」 「……『スターゲイザー』って、サポートメカの名前じゃないの!?」 「それも含めて、スキル名『スターゲイザー』だ。だっておかしいだろ? ただの戦闘用サブマシンに、どうして『すべてを見通す者』なんて名前を付ける? すべてを見通す者はマグダレーナ本人で、サポートメカは相手の戦闘行動の観測と、時間稼ぎが役割だ」 「時間稼ぎ?」 「検索する時間だよ」 その言葉は二発目の銃弾。 見事命中した証拠に、マグダレーナはショックを越えて、うろたえる表情さえ見せている。 「……貴様……どこまで知っている!?」 必死の表情のマグダレーナに、俺は無言で応じた。 まだまだこれからだ、マグダレーナ。おまえを追いつめるのは、な。 この時点で、後ろの連中はろくに言葉を発しなくなっていた。みんなきっと、ちんぷんかんぷんといった表情をしていることだろう。 ただ一人、八重樫さんだけは、俺の話に必死に食らいついてきているようだ。 「ということは……その『検索』も、マグダレーナの特別なスキル……なんですか?」 「そうだ。『アカシック・レコード』なんてご大層な名前が付いている」 「『アカシック・レコード』……この世のすべてを記録した図書館……? まさか、マグダレーナは、あらゆる神姫のデータを持っているとか?」 「それは現実的じゃないな。むしろデータベースは外部に任せて、端末側は検索能力を上げた方が有効だろう」 「そ、それじゃあ……『アカシック・レコード』は、検索エンジンのことですか!?」 「それと、検索したデータを分析、統合するプログラムだ。そのデータを元に、『スターゲイザー』の行動予測を行っている」 『アカシック・レコード』はおそらく、武装神姫のデータ検索に特化した検索エンジンだ。そして、強力なハッキング能力も備えているはずだった。 そのスキルを利用して、裏バトル場やゲームセンターのサーバーに集積されているバトルログから対戦相手のデータを収集、分析していたのだ。 そして、そのデータだけでは予測が不十分なら、二体のサポートメカを戦わせて、データを現場で収集する。 今のミスティは、マグダレーナには情報不足だ。だから、サポートメカを出して情報収集を行おうとする。 それが分かっているから、俺は虎実にサポートメカの狙撃をさせたのだ。 公園の中は静まりかえっている。 俺がマグダレーナの正体を明かす間、動くものとてない。当のミスティとマグダレーナも一時休戦だ。 ただ、桐島あおいだけが大きく息をつきながら、頭を押さえてうずくまっている。側には、心配そうに介抱する菜々子さんが見える。 ティアもまた、ヘッドセットを抱えたまま、呆然と立ちすくんでいた。 不意に、背後から声がした。大きく遠回りして、大城の元に戻ってきた虎実だ。 「……けどよ、トオノはどうしてわかったんだ? アイツのスキルが検索だなんてことがさ」 「ヒントはあった。C港でのバトルの時、三冬が「ファーストリーグ四十七位」と言った後、ちょっとして『街頭覇王』か、と奴が答えたんだ。 リーグのランキングだけ聞いて、すぐに二つ名が分かるものか? しかも、上位ならともかく、入れ替わるランキングで四十七位の神姫を覚えていられるものじゃない。 奴は神姫だから、データを持っていたとも考えられるが、裏バトルをメインに戦っている神姫が、公式リーグの神姫のデータを細かく持っているとは考えにくい。むしろネットにつないで調べた方が早い」 「け、けどよ、それならネットにつないで検索しただけじゃねーのか。んなこと、クレイドルがあればアタシにだって出来るぜ」 「それにまだある。奴は初見で『ライトニング・アクセル』を破ってみせた。自分で言うのもなんだが、あれは見たこともないのに破れる技じゃない。しかも、技の構造を完全に理解した方法で、だ。 あの日の俺たちとの対戦は、イレギュラーなものだった。対戦予定のないティアのデータを持っていたとは考えにくい。 そもそも、三冬のデータも持っていなかったはずだ。頼子さんの乱入は、俺さえ予期してなかった。その証拠に、サポートメカ二体を繰り出して、三冬の足止めと観測をしていたくらいだからな。 桐島あおいはノートPCすら持っていないから、二人が特別なデータベースを持っていたわけでもない。 なら、ティアのデータはどこから持ってきた? そう、ネット上からさ。『ライトニング・アクセル』のデータを検索し、収集し、分析し、迎え撃った」 検索する時間はいくらでもあったはずだ。 俺が彼らの前に現れた瞬間から、バトルの最中まで。それだけの時間があれば、ティアがアクセルを放つまでに、ティアのすべての行動を予測できるようになっていただろう。 そして俺は、奴の検索能力とネットワークの能力を確認するために、ある方法を試した。 それが、奴を呼び出すときに使った「狂乱の聖女に告ぐ」の書き込みだ。 知りうる限りの武装神姫関連のネット掲示板に書き込んだが、翌朝にはすべてきれいに消されていた。 これはマグダレーナの仕業だ。そうでなければ、一晩ですべて消されることは考えにくい。なにしろ、管理が行き届いていないようなマイナーな掲示板にも書き込んだりしたのだ。 奴はネット上の書き込みを、日常的に消して回っている。そうしなければならない理由が奴にはある。 俺はマグダレーナを見据える。 どんなに苛烈な視線で俺を見たところで、俺の心は揺らがない。 俺はあの夜、誓ったのだ。号泣する菜々子さんの手を握りながら誓った。 この人の笑顔を奪った、俺たちの真の敵を、必ず後悔させてやる、と。 真の敵……それはお前だ、マグダレーナ!! 「……敵のデータを膨大なデータベースから検索・収集・分析する『アカシック・レコード』。 敵の行動を正確に予測し、戦闘できる『スターゲイザー』。 複数の神姫と有機的な連携行動を可能にする『マルチオーダー』。 ……この三つを統合したシステムこそ、『マグダラ・システム』の正体だ。 『マグダラ・システム』を必要とするのは、どんなシチュエーションだと思う?」 その場にいるすべての者への問い。 背後で戸惑う気配。 戸惑いながらも冷静に答えを導き出したのは、八重樫さんだった。 「た、たとえば……少人数の特殊部隊……とか?」 あまりにも突飛な答えに、 「はあ?」 と口を揃えた声が聞こえる。 後ろにいたチームメイトたちは、誰もがその答えを信じられないらしい。 だが、俺が肯定する。 「そう、八重樫さんの言うとおり。おそらく奴は、軍事利用目的の実験機だ。対テロ戦争用の市街戦部隊の隊長機と言ったところだろう」 今世紀の初頭、戦争の形は大きく変わった。 大国同士の抑止力戦争から、テロと戦う市街地のゲリラ戦へ。 求められるのは、小規模な部隊による緊密かつ有機的な連携だ。 軍の膨大なデータベースから、敵を知り、地理・地形を把握し、敵の動きを予測して作戦を立てる。個々人の能力をいかんなく発揮しながら、部隊を意志のある生き物のごとく連携させ、作戦を的確に遂行する。 マグダラ・システムがあれば、それは現実のものとなる。 マグダラ・システムがMMSではなく、戦争用の戦闘機械に搭載されたのだとしたら……空恐ろしい話だ。 考えてみれば、催眠術も軍事利用目的の技術かも知れない。暗示をかけ、兵士たちの恐怖や戦場のストレスを薄められるのだとすれば、有効な手段になるのではないか。想像にすぎないが。 「……で、でも……マグダレーナが軍用実験機なんて、何で言い切れるんです?」 意外にも、蓼科さんが発言した。彼女なりにしっかりと考えているらしく、好ましい。 俺はその質問にも答えを用意する。 「マグダレーナはある企業に追われてる。おそらくそこから逃げ出したんだろう」 「ある企業って……」 「亀丸重工だ」 そこで、大城が泡食ったような口調で割り込んできた。 「待て待て! そんな超大手企業が軍事用神姫の実験なんかしてるってのか!?」 「そうだとも。知らないのか? 自衛隊に配備されてる戦車や戦闘機は、日本の大手企業の手で生産されている。軍用装備の開発は、あまり一般人に馴染みはないが、企業が研究開発していることに何も不思議はない」 「け、けどよ、MMSの軍事利用は、世界的に禁止されてるはずじゃ……」 「よく知ってるな、大城。MMS国際憲章で、MMSの軍事利用は禁止されている。日本有数の大企業たる亀丸重工が、MMSを使って軍事利用の実験を行ってたなんてことが知れたら国際問題だ」 「国際問題って、お前よ……」 「だから、亀丸重工はマグダレーナを追っているのさ。いわばマグダレーナは国際憲章違反の生きている証拠だ。逃亡から二年以上経っても、捕まえるか破壊するかしなければ、会社の首を絞めかねない。 だが、軍用実験機が、まさかシスター型の格好して裏バトルに出てるなんて夢にも思わないだろう。 それだけじゃない。『アカシック・レコード』の検索能力とハッキング能力で、ネット上の自分の記述を消して回っている。マグダレーナをどんなに調べても、ネット上にろくな情報が出てこないのはそのためだ。だからなかなかしっぽが掴めなかった」 だが、亀丸側もバカじゃない。 最近になって、裏バトルで活躍する『狂乱の聖女』が逃げ出した神姫であることに気づき始めていたのだろう。 だからこそ、派手な真似をして警察沙汰にするわけには行かなかったのだ。警察に捕まれば、自分の目的を果たせなくなってしまう。警察から逃げ切れても、亀丸重工のマークは厳しくなるだろう。逃亡中の身の上としては、目立つ真似は避け続けなくてはならなかったはずだ。 俺は改めて、黒い神姫を見据える。 マグダレーナはうつむいたまま立ち尽くしている。 「どうだ、マグダレーナ。当たらずといえども遠からず、ってところだろう?」 ◆ 立ち尽くすマグダレーナの手は、堅く堅く握られていた。神姫の細い指が折れてしまうのではないかと思うほどに。 当たらずとも遠からず、どころではない。 遠野貴樹の語ったことは、ほとんど図星だった。 あれほどに隠し続けてきた自分の秘密を、ここまで見事に暴露されるとは思ってもみなかった。 今までにマグダレーナの秘密に迫ろうとした神姫マスターは多くいたが、秘密の一つでも明らかにした者はいない。 だが、この男は何だ。 どうしてマグダラ・システムのすべてを理解している? 理由は問題ではない。 問題は、この男が、自分が隠し続けてきた秘密のすべてを知り、マグダレーナの存在を危うくしているということだ。 「……とおの、たかき…………貴様は……貴様はやはり、あの時に殺しておくべきだった!!」 ■ 突然のマグダレーナの叫び。 すると突然。 「わっ!?」 ミスティが押し倒していたランプ型のサポートメカから飛び離れる。 不意に動き出したサポートメカの頭頂にあるミサイルが動き、いきなり発射された。 でも、発射された方向はミスティがいる場所とは全然違う方向。 ミサイルの向かう先を見て、わたしは愕然とする。 ミサイルの目標は……誰あろう、わたしのマスター! わたしは一瞬で理解する。サポートメカの動きは止められても、マグダレーナからのコントロールは失われていなかった。だから、ミサイルを発射できたのだと。 でも、理解しても何の役にも立たない。 また、間に合わない。今動いても止められない。 「マスター! よけてーーーーーーーーっ!!」 叫びよ、ミサイルを追い越して、マスターに届いて! わたしの視線の先で、チームのみんなが驚いて、頭を抱えうずくまる。 二本のミサイルが迫る。 それでも。 マスターはいつものように感情を表さない表情のまま、そこに立っていた。 どうして!? ミサイルはもうマスターの目の前。 よけられない! そして、わたしは、その瞬間を、見た。 次へ> Topに戻る>
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樫坂家一家の設定 序幕終了時点 樫坂 脩 / 男 17歳 本編主人公。 時折突拍子も無い事を言ったり独り言を呟きまくったかと思えば黙り込んだりもする男子学生。 両親は共働きで母は大手航空会社のスチュワーデス、父は神姫関係の大手会社の社員でよく出張する。 たまに帰ってきて二人揃ったらあらゆる意味で目も当てられないバカップルらしい。 武装神姫は前から興味があったがなかなか踏ん切りがつかないでいた。 が、母からユイナが、遅れて父からシェラが届いたことで本格的に踏み出し始めることとなった。 ちなみに両親が稼いでそうなのになぜか自宅は普通、というかむしろ多少ボロい。そして脩は所持金が少なかったりする。のに良くギャンブルまがいの事をする悪癖がある。 神姫の名前は結構しょうもない理由で付けてしまう。あと実はCSCとかは深く考えないで装着していた。 更に、日ごろからやれば出来るのに……と言われている。実際頭はかなり良いが疲れるのと頭痛が起きる時があるのでやる気が無いと使わないし居眠り癖があるので教師を困らせてる。 考え方が若干ズレてる。どうズレてるかと言うと、当り前のようで当り前じゃない、矛盾してるようで矛盾して無かったりする等。 ユイナ、シェラ、くー、フィー、キュリア、リムの6体のマスター。 武装はフルセットについてくるアーマーパーツは変えずに武装だけ変えていて、リアパーツ等はまだ弄れないとの事。 ユイナ アーク/ストラダーレ仕様 一人称は「私」 脩の最初の神姫でありHST型と呼ばれる神姫で、トライクになったり、武装がバイクになったりする。 脩の母が仕事先で見つけ即購入、脩の誕生日に贈った神姫で「ストラダーレ(公道仕様)」とよばれるリペイントバージョン。 性格は基本的なアークより大人しい。そしてお姉さんっぽい。実際他の5人をまとめてるのはユイナ。 面倒見が良く、誰とでも仲がいいので周りの神姫からは慕われていく。 戦闘スタイルは「高速万能型」。つまるところオールラウンド。トライク状態も多用する。 主な装備 アーク基本装備。だがナイフは抜けた。 代わりに手榴弾、ソウブレード「断慈斬」が初期装備に追加されている。 予備(サイド)にはM49ショットガン、偃月刀の二つ。 シェラ アルトレーネ/蒼空リペイント 一人称は「私」 脩の二人目の神姫であり、ユイナの三日後に来た。 脩の父が出張先で知り合った人物から譲り受けた神姫で、オリジナルのカラーリングが施されている。 簡単にまとめると髪は金、装甲と素体はノーマルペイントの白い部分が空色、青い部分が白になってる。が空色になってて 性格はアルトレーネの基本に違わず天然気質でどことなくふわふわした雰囲気でドジ。しかし一度切り替わると普段からはあまり想像できないくらい凛々しくなる。 戦闘スタイルは「機動近接型」。ほとんどフリューゲルモードでの戦闘だが時折、軽装状態になる。 主な装備 アルトレーネ基本装備。 それにアルヴォPDW9、ビームブーメランを追加した物が初期装備。 予備にはバルムンク、アルファ・ピストル×2。 くー(???) マリーセレス/青紫リペイント 一人称は「くー」 脩の三人目の神姫で野良神姫だったところ、不法侵入した脩の家にいついた。 詳しい経歴は不明な上に行動、言動のどちらをとっても掴みどころのない神姫だがそれでも自分を迎えてくれた脩とユイナ達には感謝している。 性格はマイペース、というか自由奔放。だが、その裏でかなりの策士でもあり、本当は寂しがり屋でもあるという表と裏の2面性を持った神姫。 脩に使いたい武装を要求したり、自分の自由に戦ったりもするがその強さは本物であり、脩に初戦を見せる事で自分の戦い方を伝えた。 ペイントはノーマルのカラーリングの黒を暗い青紫に、青を更に濃く(濃紺色)してライン系統は全て白という配色になってる。髪のみ変わって無い。 戦闘スタイルは「多段奇襲型」。常に相手の意表を突いていくうえ、単純計算では8段構えの攻撃をする。 主な装備 マリーセレス基本装備。 だがイング・ベイカー以外の基本武器は触手状のフロントスカートに装着。 また、両サイドスカートにはダブルアームフォールディングナイフをそれぞれ装備、内側に格納している。 そしてイング・ベイカーは2丁。 予備はスクラマサスク1本のみ。 フィー(フィラメル) 紗羅檀/銀眼リペイント 一人称は「わたくし」 脩の四人目の神姫であり、倉根玩具店のオーナーでデザイナーでもある倉根 敏章によりリペイントされている。 具体的にいえばノーマルペイントの黒はそのまま、金色が白色、髪は薄紫から真紅のグラデーション、そして眼が銀色。 実はとてつもなくスペシャルモデルであり通常より遥かに高額だが、店主の倉根 敏章が倉根玩具店のクジの特賞(約100000分1、毎日抜けた分だけ補充される)として一応設定していた。 普通ならまず当たらないのだが、まさかの敏章自身のミスによって脩が引き当てた事で脩の手元に来た。 性格は大人びたお嬢様といった感じであり、普段の振る舞いもお嬢様のそれといった感じであるが時折フランクな場面も見せる。ユイナに次ぐまとめ役でもあり隠れた努力家。 また、日常生活でも左足をスレイプニティに変えている。たまに左腕もグラニヴァリウスになってる。 戦闘スタイルは「特殊近接型」。近接戦でも立ち回りながら演奏をする。余談だが実は6体の中で一番基本から離れている。 主な装備 紗羅檀基本装備………というかまさかのフル装備。 脩でも気づかない内にスレイプニティとグラニヴァリウスを同時に着けてる。しかもイメージに反して蹴る時もある。 リジル、ノーデゥングはスレイプニティの装飾をはずしてそこに着けてたりする。そしてスネークソードを初期装備 予備は無し。 キュリア ムルメルティア/深緑リペイント 一人称は「自分」。ただし心の中では「私」 脩の5人目の神姫で、ジャンクショップから萩河の知人、そして萩河と奥道が直して脩へと渡ってきた。 ペイントは素体以外は、ほぼ深緑色と一部赤。髪は銀髪。 性格は基本的に無口で、言葉を出しても事務的に聞こえるが、実は心の中ではかなりおどおどしていて、悪い方向に物事を考えてしまうが心優しい。 起動当初は、リセット前の影響からかほとんど喋らなかったが、脩達の何気ない気づかいと後押しに押されてシェラに射撃の手ほどきをしたことがきっかけになり打ち解けるようになった。 実はかなりの動物好きであり、近所の猫や犬、鳥を一日中眺めていることもある。 戦闘スタイルは「重量砲戦型」。つまるとこ巨砲主義。反動の強い武器を思いっきりばらまく。一番脩が装備構成をなやんでいる神姫でもある。 主な装備 ムルメルティア基本装備。インターメラルはキャノン砲。 副腕アリ。だが暫定的な物で脚にするか悩み中。 初期装備はさらにM49ショットガン、アイゼンイーゲル、シェルブレイクが追加。 予備は無し。 リム エウクランテ/黄リペイント 一人称は「あたし」 脩の六人目の神姫であり、ここまできてやっと、初めて自分で買った神姫だったりする。が、酔ってたので考えものでもある。 先に五人も先輩神姫が居るので最初は驚いてた感じだったが、その後はあっさりと親しくなる。 性格は普通。あえて言えば真面目だが冗談も言える。よく貧乏くじを引いている。悩みの種は無個性。他のメンツの個性が強いせいもあるが一芸欲しいとは考えてる。 ペイントは、ノーマルペイントの白を薄い黄色、青を薄い赤、黄色を黒に変えた感じ。髪は金髪ツインテール。 メンバー内ではシェラに次ぐ空戦要員。近接では流石に劣るがその分バランスが良い。 戦闘スタイルは「空中射撃型」。中距離からの射撃メインだが、脩は他の事も考えているらしい。 主な装備 エウクランテ基本装備。実はまだ模索中だったりする。 一応現在はビーハイヴ、ジャマダハルを追加した初期装備。 予備は無し。
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ウサギのナミダ ACT 1-30 □ ティアと共に、歩き慣れたこの道を歩くのは、実は初めてだと気がついた。 はじめの時はティアの電源は切っていた。 その後の時には、ティアは一人アパートに残って自主練していた。 「まあ、それでお前が家出したのは、苦い思い出だが……」 「言わないでくださいっ」 ティアは俺の胸ポケットに顔を埋めて恐縮する。 俺は苦笑しながら、ゆっくりと歩いていく。 手には、いつものようにドーナッツの箱。 今日は海藤の家に向かっている。 ゲームセンターに出入りできなくなった俺は、いい機会だととらえることにして、お世話になったところに挨拶まわりに行くことにした。 海藤の家に来るのは、前回からそれほど経っていなかったが、随分前のような気がする。 その短い間に、あまりにも多くのことがあり過ぎたのだ。 だが、そのおかげで、こうしてティアと共に海藤を訪問できる。 嬉しいことだった。 「やあ、よく来たね。入って入って」 海藤はいつものように、俺たちを歓迎してくれた。 「いらっしゃいませ」 そう言うアクアの涼やかな声も変わらない。 俺が二人の様子に思わず笑みを浮かべると、二人とも満面の笑顔を返してくれた。 海藤はコーヒーを淹れながら、旬の話題を口にする。 「バトロンダイジェストは見たよ。随分白熱した戦いだったみたいじゃないか」 相変わらず、海藤はバトルロンドの情報収集に余念がない。 テーブルの上に、くだんの最新号が置いてある。 表紙を見るたび、面映ゆい気持ちになる。 「その表紙は勘弁してほしかったんだがな……」 「いいじゃないか。その表紙、結構インパクトあったみたいだよ。 ネットでも評判を調べたけど、かなりの反響だ。 記事の内容については……特に神姫との絆についての言及は、おおむね好評みたいだね。 思うところがあるオーナーはたくさんいるみたいで、神姫との絆について、あっちこっちで議論になってる」 「へえ……」 それは知らなかった。 俺は意図的に、雪華とのバトルについての情報を集めるのを避けていたから。 神姫と人間との関係について、改めて考える契機になるならば、それはそれでいいと思う。 「それで、だ。海藤……」 「ん?」 ドーナッツを頬張る海藤に、今日の本題を切りだした。 ■ 「久しぶりですね、ティア」 「はい……アクアさん」 アクアさんとこうして話をするのは、実は初めてだということに、今気がついた。 でも、そんな感じが全然しない。 それは、よくマスターからアクアさんのことを聞いているからだろうか。 それとも、アクアさんが醸し出す雰囲気から来るものなのか。 アクアさんはイーアネイラ・タイプの典型だった。 落ち着いた物腰、優しげな表情、大人びた美貌に、鈴の音のように美しい声。 でも、アクアさんはそれらがさらに洗練されているように思える。 「ずっと……アクアさんとお会いしたいと……お話したいと思っていました」 「あら、そうなのですか? どうして?」 「アクアさんが……マスターが初めて憧れた神姫だから……」 わたしは少しうつむいて、言った。 マスターは、海藤さんとアクアさんを見て、神姫マスターになりたいと思ったという。 海藤さんとの仲がいいだけではなく、アクアさん自身にも魅力があるということだと思う。 わたしは思っていた。 マスターの心を動かせるほどの、アクアさんの魅力ってなんだろう? 「わたしは……嫉妬しているのかも知れません。 こうしてマスターと心通わせることができても、どんな神姫になればいいのか、わからなくて。 アクアさんなら、マスターが憧れた神姫ですから、きっとそのままでもマスターは満足なのではないかと……」 アクアさんは、優しい微笑みを浮かべながら、わたしを見ている。 「そんなことはありませんよ」 「そう、でしょうか……」 「あなたがボディを変えられて目覚めたとき、わたしもそばにいました。覚えていますか?」 「は、はい……」 わたしは少し恥ずかしくなる。 あのときも、わたしは泣きじゃくって、アクアさんに優しくしてもらった。 わたしは優しくしてくれた人たちに、お礼を言うこともできずにいて、やっぱりダメな神姫だと思ってしまう。 「あのとき……遠野さんはとても嬉しそうでした。わたしが今まで見た遠野さんで一番」 「……」 「今日も、とても嬉しそうな顔をしています。 あんな表情をさせるのは、ティア、あなたです。 遠野さんが神姫マスターになるきっかけだったわたしではなく、あなたなんですよ」 アクアさんはにっこりと笑う。 アクアさんは優しい。 今日もわたしを優しく励ましてくれる。 不意に、アクアさんは目を閉じて、こう言った。 「わたしも、ティアがうらやましいです」 「え……?」 なぜ? 海藤さんと幸せに暮らしているアクアさんが……わたしのマスターがうらやむほどの神姫が、なぜわたしをうらやむというのだろう。 「あなたが武装神姫として戦い続けているから。 マスターが本当はバトルロンドを続けたいと思っているのを知りながら……わたしは何もできないでいます。 あなたは戦える。遠野さんが望むように。 それがうらやましいんです」 驚いた。 アクアさんみたいに優しい神姫が、戦うことを望んでいるなんて。 「でも、アクアさんの想いも、海藤さんの望みもかなうかも知れません」 「え?」 「わたしのマスターが、かなえてくれるかも」 少し驚いた顔のアクアさんに、わたしはそっと微笑んだ。 □ 「『アーンヴァル・クイーン』と戦ってみないか」 それが今日の俺の本題だった。 バトルロンドを捨てた海藤だが、バトルをしたくないわけではないはずだ。 それに、クイーンならば、どんな条件を海藤がつけても、バトルしてくれるだろう。 俺は海藤に、クイーンがなぜ俺たちを指名したのか、その理由を語った。 「クイーンは、特徴のある神姫と戦い、戦い方を吸収しようとしている。 だから、バトルの場所も設定も、こちらの要求が通るはずだ」 「……」 「バトルのことを公にすることには、彼らはこだわっていないみたいだし……条件付きで、クイーンとバトルしてみてはどうだ?」 俺は別に『アーンヴァル・クイーン』の肩を持っているわけではない。 海藤自身、彼らに思うところがあるようだったし、機会があれば協力してもいい、みたいなことを言っていた。 雪華のスタンスは、バトルを拒む海藤に、ぎりぎりの妥協点を見つけることができるかも知れない。 それに、海藤だって、バトルロンドに未練があるはずだ。 クイーンとバトルして、その思いが再燃すればいいと思う。 それでアクアの心配の種も、一つなくなるはずだ。 だから、思い切って切りだしてみたのだ。 海藤は、一つ溜息をついた。 「まあ、確かに、クイーンに協力したいとは言ったけどさ……」 俺は黙ってうなずいた。 「だけど、まともなバトルロンドじゃ勝負にならないだろうし……彼らが望んでいるのも、そこじゃないんだろうしね……」 「……海藤」 「なんだい?」 「そんなに、バトルロンドに戻るのが嫌か?」 「……僕は一度、裏切られたからね」 苦笑いする海藤。 だが俺は言葉を続けた。 「だけど、バトルロンドは素晴らしいと思ってるだろう?」 「……うん、そうだね」 「この間、お前の家に来たときに言われた言葉……今でも覚えてるよ。 『バトルだけが神姫の活躍の場じゃない』ってな。 その時は俺も、バトルロンドをあきらめようと思った。お前の言うことももっともだと思っていたさ。だけどな……」 海藤は不思議そうな顔をして、俺を見つめている。 俺は続ける。 「あるホビーショップで、武装神姫のバトルを観て……ああ、やっぱり、バトルロンドはいい、と思った。 自分の神姫とともにバトルする時間は、何物にも代え難いと思う。 俺はバトルを諦めたくなかった……だから、今こうして、ティアとバトルができる。 お前も……そろそろ諦めるのをやめて、いいんじゃないのか」 沈黙が流れた。 長い間黙っていたような気がするが、大して時間は経っていないようにも思える。 やがて、海藤はまた溜息をつく。 「まいるよね……そんなに熱く語るのは、君のキャラじゃないんじゃないの?」 「……最近宗旨替えしたのさ」 「まあ……あのゲーセンじゃなければ……ギャラリーがいなければ、やってもいいのかな……」 「海藤……」 やった。 海藤がとうとうバトルに戻ってくる。 冷静を装いながらも、俺の心の中は沸き立っていた。 「それじゃあ、クイーンに伝えてよ。 バトルは受ける。そのかわり、これから僕が言う条件を飲んで欲しい。それでいいならバトルを受ける……あ、その条件でも、雪華が望むものは観られる、と伝えておいて」 「わかった」 そして、海藤から提示されたバトルの条件を聞くにつれ……その奇妙な内容に、俺の方が首を傾げた。 □ 「……それで、クイーンとアクアのバトルはどうなったの?」 隣を歩く久住さんは、興味津々といった様子だ。 ホビーショップ・エルゴに向かう途中の商店街を、俺たちは歩いている。 俺は少し渋い顔をしながら答えた。 「うーん……圧勝といえば圧勝だったんだけどさ……」 「へえ、さすがクイーン」 「いや、アクアが」 「え?」 久住さんは、目をぱちくりとさせて、驚いている。 それはそうだろうな。 俺は胸ポケットのティアに尋ねる。 「なあ、あの時のアクアと雪華の対戦、三二対○でアクアが取ったんだったか?」 「あ、最後の一本は相打ちだったので、三二対一でアクアさんです」 「……なにそれ?」 ミスティもきょとんとしている。 まあ、それもそうだろう。 普通のバトルロンドでなかったことは確かである。 どんな対戦だったのかというと、それはそれは地味な戦いで、雪華は手も足も出ずにあしらわれたということなのだ。 信じられないかもしれないが、本当なのだから仕方がない。 この戦いについては、いずれ語ることがあるかも知れない。 俺がエルゴに行くのは、店長に改めてお礼に行くのと、約束通り客として買い物に行くのが目的だった。 日暮店長は相変わらず熱い人で、俺が改めて礼を言うと、照れながらも喜んでくれた。 そして、先日の神姫風俗一斉取り締まりについて、少しだけ教えてくれた。 店長が、俺の渡した証拠を持って、警察にあたりをつけたとき、すでに警察内部でも、神姫虐待の疑いで神姫風俗を取り締まろうという動きがあった。 その発端となったのは、例のゴシップ誌に載ったティアの記事だったという。 あの記事は予想外の反響があったらしい。 そのため、警察も見過ごすことができなくなっていたのだ。 ただ、神姫風俗の取り締まりを、どの規模で行うかは決まっていなかった。 今回の一斉捜査にまで規模を広げるように尽力してくれたのは、かの地走刑事だったそうだ。 なるほど、警察の動きが妙に早かったのは、下地があったからなのか。 しかし、日暮店長が何をしてくれたのかは、何度訊いてもはぐらかされて、分からずじまいだった。 もう一つの用事である買い物は、もちろんティアのレッグパーツの改良用部品である。 エルゴには十分な部品が揃っているし、日暮店長も装備の改造や工作にやたら詳しい。 俺は自分で書いた図面を持ち込み、日暮店長と相談しながら部品を揃えていく。 在庫がないパーツは、カタログを見ながら店長のおすすめを聞き、それを注文した。 届いたときには、またエルゴに足を運ばなくてはならない。 時間もかかるし、電車賃もばかにならないが、店長へのせめてものお礼ではあるし、俺自身がこの店に来るのが楽しみで仕方がない。 久住さんも一緒に来てくれるのだから、そのぐらいの負担は大目に見ようという気になろうというものだ。 □ その久住さんには、彼女がホームグランドとしているゲームセンター『ポーラスター』に案内してもらった。 あの事件以来、俺とティアはバトルができる状況じゃなかった。 対戦のカンを取り戻すのと同時に、新しいレッグパーツ、新しい戦術も試さなくてはならない。 そのためには、日々の対戦環境がどうしても必要だった。 自宅でのシミュレーションでは、どうしても限界がある。 『ポーラスター』は、俺たちのいきつけのゲーセンよりも大きく、バトルロンドのコーナーも倍くらいの広さがあった。 それでもすべての対戦台が埋まっているほど盛り上がっているし、神姫プレイヤーも多い。 久住さんがバトロンのコーナーに入って軽く挨拶しただけで、歓声に迎えられた。 大人気だった。 あとでこの店の常連さんに聞けば、彼女はずっとこの店の常連だという。 『エトランゼ』として、他の店を飛び回っていることが多いので、この店に戻ってくると、常連プレイヤーたちの歓迎を受けるらしい。 久住さんの紹介で、俺はこの店でバトルする機会を得た。 ティアの新しいレッグパーツを試し、調整し、また戦う。 新しい技や戦術も実戦の中で試すことができた。 時にはミスティに協力してもらい、練習したりもした。 ありがたい。 おかげで、ティアは新しいレッグパーツをあっという間に使いこなせるようになり、新戦術を使いながら、バトルロンドを楽しむことができた。 『ポーラスター』は、客の雰囲気がいい店だった。 俺がティアのマスターだとばれたときには、ちょっとした騒ぎになったが、誰もが紳士的な態度でほっとした。 神姫マスター同士も和気藹々としていて、まずバトルを楽しもうという気持ちが感じられる。 初級者でも、上級者にバトルについていろいろ尋ねることをためらわないし、聞かれた方も丁寧に答えている。 このゲーセンの実力者は、久住さんを含めて五人いるそうだが、五人ともこのようなスタンスを貫いているという。 故に、中堅の神姫プレイヤーも初級者も、ついてくる。 そんな環境だと、上級者のレベルが頭打ちになりがちだが、エトランゼに影響されて、他のゲーセンに遠征する常連さんも多いという。 その結果、総じて対戦のレベルが高くなっている。 理想的な環境だと思う。 俺が通うゲーセンもこうだといいのだが。 □ そんな風に過ごして、一ヶ月が経った頃。 土曜日の夕方の『ポーラスター』。 久住さんと一緒にバトルロンドのギャラリーをしていた俺に、電話がかかってきた。 通話ボタンを押すと、 『わーーーーーっはっはっは!! みたか遠野、ざまあみろ!!』 大声の主は、大城だった。 隣の久住さんにも丸聞こえで、思わず吹き出している。 「……いったいなんなんだ、大城」 『ついにやったぞ! ランバトで、三強を倒して、ランキング一位だ!』 「おお……それはおめでとう」 そうか。 ついに大城と虎実は、あのゲーセンで一位になったのか。 それは、俺が待っていた連絡だった。 『どうだっ! 俺たちだってやればできるんだぜ、わっはっは!』 『つか、話が進まねぇだろ! かわれ、バカアニキ!!』 電話の向こうで、大城の神姫が叫んでいる。 しばらくして、虎実の静かな声が聞こえてきた。 『……トオノか?』 「そうだ」 『アタシ、ランバトでトップになった』 「聞いたよ」 『……約束、覚えてんだろーな』 「忘れるはずがない。俺たちをバトルロンドに引き留めてくれたのは、お前との約束だよ、虎実」 『ばっ……んなの、どーでもっ……そ、それよりも、ティアと! ティアと戦わせてくれるんだろ!?』 虎実の声がうわずっている。 照れているのが手に取るように分かる。 俺は思わず苦笑した。久住さんの肩で、ミスティが吹き出している。 「もちろん。お前がそう言ってくれるのを待っていた」 『なら……約束を守ってくれ』 「わかった」 明日、いつものゲーセンで。 ついにティアと虎実のバトルだ。 俺は携帯電話の通話を切ると、いつものように胸元にいるティアに声をかける。 「ティア……約束を果たそう」 「はい、マスター」 そう言うティアは嬉しそうに微笑んでいた。 次へ> トップページに戻る